「先輩」
私の言葉で雪見の存在を思い出したのだろう、私にならって雷光も雪見を呼ぶ。
先輩、空気を読んで下さい的なことを言うのだろうか、助けを求めた私が言うのもなんだが、無関係を決め込んでいた雪見にとっては全く迷惑な話だ。
察する。
むしろ哀れと表現すべきだろうか。
彼の為にあえて伏せておこうと思っていたが、言う。
ここ、実は雪見の家だ。
「ゆき……!」
私の口を片手で思いっきり塞いだままぐっと体を起こした雷光は、雪見のその姿を視界にとらえたようだった。
先輩、そうかたちどる雷光の唇は、私の胸元を舐めていたせいで酷く艶めいて見える。
拭いもせずにニタリと赤色で弧を描く様子は、怪しげだが奇麗。
表情を鮮やかに縁取る桃色のセミロングは、私が掴んだせいですっかり乱れていて、扇情的。
普通、そそるっていうのはこういう状態の人のことを言うんじゃないの?
乗られながらも浮かぶ感想が全部男子のそれで、私は恥ずかしくなってツイと視線を逸らした。
気づいた雷光が自分の乱れ様はおざなりのまま、私の髪を愛しむように優しく指ですいてくれる(ついでにさりげなく耳を絡ませてくのは止めてほしいところだ)
顎の光沢を親指で掬って、口全体を手の甲で拭う仕草は野性的に見えるけどやはりどこか優雅。
前から思っていたけれど、雷光はいつでも、何をしていたってしなやかで美しい。
そんな雷光が私に“そそられる”だなんて、これはいやみとしか思えない、いや、きっといやみなんだ。
素直に悔しい。
私は、身長、体重、スタイル、顔ともに至って平均、そして平凡。
見ようによっては可愛く見えなくもないかなと思うけれど、雷光の隣に並べば劣等感を抱くのは当然といった感じだ。
こんなことさえしてこなければ“性格が歪んでいるけど優しくて楽しい自慢の仲間”ですまされるのに、彼は嫌が応でも私と彼のいろんな違いを知らしめようとする。
そういうところは嫌いだ。
ふてくされたままの私の上で雷光は再び視線をあげると、今度こそ、雪見に声をかけた。
「雪見先輩、先程からずっと思っていたことなのですが」
ああ、これで雪見は追い出されるのだろうな。
追い出されるならついでに私も連れて行ってはくれないだろうか……。
「先輩もまざりませんか」
「ハイィィィ!?」
衝撃発言だ。
私を抑え込むのに集中していると思いきや、頭の中ではそんなことを先程からずっと思っていたらしい。
これは相当にショッキングだ。
今まで無反応だった雪見のタイプ音も止まっている。
しかし、言い出した本人は満弁の笑みを顔面に刻んでいて、いろんな意味で眩暈がした。
こいつ、頭ん中どうしようもない。
マザリマセンカ……。
雷光が言うと無駄に卑猥に聞こえるのは何故だ。
いや本人はかなりワイセツな意味を込めて言っているのだろうから、そう聞こえるのも当然か。
一人だといつも逃げられてしまうので、と、冷静に理由付けまでしている。
そうか、それで今日は雪見の部屋ね、成る程。
窮地の私が彼に助けを求めたように、見境なくなった雷光は彼に援助を求める、と。
……やめろ。
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