「そう、私はそういう、寿の怯えた顔が大好きなんだ」
「……え?」
「人の心理、というのももちろんあるけれど、私の場合はそうではなくてね。個人的に、お前のその顔が見たくて仕方ないだけなのだよ」
「つ、つまり……?」
「うん、そそられてしまうんだね」
自己完結しやがった。
そうか、勘違いではないけれど、変質的ではあるんだね。
やばい、状況は全く変わっていないのに、一気に身の危険が高まった感じがした。
そういえば、以前も雷光が何か変なことを言って、軽蔑するみたいな眼差しをおくったことがある。
あの時はたしか「誘ってるのかい?」と返って来た。
こいつ、サディストの匂いをぷんぷんさせているわりにはさげずまれるのが好きなのかと思ったけど、どうやらそういうことではないらしかった。
そういう女の子は、組み敷いたときに十割増に可愛いく喘ぐというだけの話で、他意はないと不本意そうに弁解して来たっけ。
だから私は余計に驚いて、自分にそういうつもりがないことを綺麗さっぱり丁寧かつ念入りに否定をしておいたんだ。
そんなSの前にドをつけても足りないような彼は成る程、怯え顔にはそそられてしまうらしい。
誘ってる風に勘違いされるのは私が誤解を解けばいいだけだが、そそられてしまうのはしかたない、彼の問題だ。
そっか、そそられちゃうんだね、大変だよね。
くそ、手強いとかじゃない、こいつはもう手に負えない。
今まで数多くの難を逃れてきたのが奇跡に思える。
あわよくばこのまま、奇跡を更新して行きたい。
一層怯えを深めた私の顔を雷光が笑っているすきに、ここから逃げ出してしまおうとこっそり片足を床に下ろした。
気づかれないようにゆっくり態勢を整えて、一気に逃げる作戦だった私だけれど、甘かった。
ほんの僅かな動きだったはずなのに、微かに足が開かれたことを感じ取ると、雷光はぐっと腰を引きつけてきた。
「あとは、泣き顔を見てみたい」
「ぎゃぁぁっ! もう無理! 無理っ! 本当勘弁、助けて!」
情けない話だが完全に喰われる寸前の獲物だった。
暴れるだけはだけるなんて話がよくあるけれど、本当にそうなんだと身をもって知る。
「ゆきみ! 雪見っ! ちょ、こら助けろっ!!」
傍観を決め込むつもりだったのだろう、そこに居るはずなのに今まで俺は存在していませんと如くの空気をかもし出して(かもし出していたら意味が無いのだが)沈黙を守っていた雪見に助けを求めた。
話に関わりたくないならそっとしておいてやろうと思ったけど、もう無理だった。
今までは自分で何とか逃げ切って来たし、誰かの助けを求めるなんて自分の非力を認めているみたいで許せなかったけれど、もうそんなことを言っている場合じゃないと思った。
正直、最後の手段だ。
私の位置からでは姿は見えないけど、タイピングの音が響き続けているから彼は絶対にまだそこに居る。
「ゆきみっ!」
だが、スルー。
乙女のピンチとか、というか、私のピンチには正義感的な意味でも逆の意味でも全く興味がないらしい。
このまま「俺はここに居ません」を貫き通すようだ。
情のかけらもない、鬼だ。
早くも泣きそうだ。
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