不安定な立場と関係と気持ちとをあっさり壊してしまうのは##name_2##の趣味だ。

 とても悪い趣味だ。

 言うだけなら易いもんだと、逆に皆が怖がって口にすることを避けるような内容も、まるで世間話でもするかのように笑い声に乗せて言う。

 人がその答えを本当の意味で出せるまでに、どれほどの苦労が要るかなど、##name_2##にとっては考えも及ばない所なのだろう。

 つまりは、柄にもなく細かい事に気を回してしまう俺の悪い癖をも、あっさり崩して笑い飛ばす、本能じみた才能の持ち主だということ。

 厄介だ。

 とても厄介だ。

「だっ……おい、テメ、それ分かってて言ってんのか!? 俺が危ない仕事してるとか自分で言っておきながら、巻き込まれようとか、馬鹿かお前!」

「やだなぁ、今更気付いたの?」

「やっぱり辞めますとか言える世界じゃねぇんだぞ!? 本当に意味分かってんのかよ!」

「巻き込んでよ」

 後戻り出来ない、それは本人もよく分かってて言っている。

 若干落ちた声色、それは向こうが勝負に出てきた証拠でもある。

「巻き込んで」

 遊び感覚で足を突っ込むような奴なら、俺が手を下すまでもなく勝手に死ぬだろう。

 そういう世界だ。

 確かに、放っておくよりも、殺してしまうよりも、この中途半端な立場をうやむやにするよりも、手っ取り早い、そう言ってしまえばそうなのだろうが……。

 彼女を隠の世界に引き込んでしまえば、俺と同じ秘密が出来るわけで、俺のことをばらせば、必然的に##name_2##も追い込まれることになる。

 つまりそうなれば、俺は安全。

 向こうが自分を捨てる覚悟で秘密をばら撒く、そんな血迷った行動に出なければの話しだが。

 俺の事が好きなら、それもない、か。

「分かった……」

「本当に? 彼女にしてくれる?」

 第一声はそっちかよ、と綺麗につっこみを入れたところで、##name_2##の晴れた笑顔に気付き、息を呑んだ。

 男に比べ女は図太く生きるもんだってのは、どうやら嘘では無いらしい。

 古人の言う事はよく聞いておくもんだと生まれて初めて思った。

 さらには、天真爛漫ってのと馬鹿ってのも紙一重で区別されているようで、まぁ、それも今初めて気付いたってわけではないのだけれど。

「分かったよ」

 俺の一言で契約は終わった。

 そろそろ朝日が滲み出しても良い頃だろう。

 それでもビルの中は暗く、外も未だ、日は昇らない。

 きっと、##name_2##がこちらの世界に足を踏み入れた日だからだと思った。

「……条件が二つある」

 契約を終えてから条件を出すなど詐欺紛いだとは思ったが、##name_2##が至って平然としたまま、まるで表情を崩そうとしないので、俺はそのまま先を続けた。

「一つめ。仲間のことや、俺のことを、絶対他人に漏らさない。少しでもそんな素振りを見せたら……その時点で殺す」

「お安いご用ね」

「二つめ。その洞察力、俺の組織で活用しろ」

「それもお安いご用」

 うんうんと二度吟味するように頷き、頭の中で消化したらしい##name_2##は、今度は俺に質問を返す。

 聞きたい事があるのなら取引を終わらせる前に聞けよと、自分を棚に上げて堂々悪態を吐いてみたが、##name_2##は普段どおりに無視しやがった。

 今更“やっぱり止めます”を言われても、こちらの思惑が台無しになるだけだというのに。

 想定外の出来事に案外弱いらしい俺の頭を少しだけ焦りが走ったが、##name_2##が俺に聞いてきたのは、質問というよりもただの確認だった。

「一度その世界に入ったら、抜け出すことは命懸け、それは嘘じゃない」

「嘘じゃねぇ」

 質問の意図を掴みきれず、俺は探るように返事をした。

「アタシは自分のことも黙っていなければならなくて、それは和彦のことを黙ってるってことにもつながる。黙ってるうちは、アタシはアンタの彼女」

「……そういう約束だろ」

「で、喋ったら殺される」

「……」

「つまり、喋ることは出来ない」

 ##name_2##が満足そうに頷くのを見て、俺は、やられた、と情けない気持ちで拳を握り締めた。

「そっかぁ、じゃあ和彦はアタシが死ぬまで別れることは出来ないんだね、よかったよかった! 今日から一生よろしく!」


 呆然と言葉を失った俺の肩をムカつくくらいに軽い足取りで通り過ぎた##name_2##は、再びエレベーターに乗り込んで、俺に反論を返させない完璧なタイミングで扉を閉めた。

……どうやら俺は、とても厄介な女に引っかかった。

 まさかこの俺が、自ら“一生一緒”を宣言させられる日がこようとは……。

 本当にこれで良かったのか? 

 最終的には丸く収まったように思えるものの、釈然としない感じは否めないと、首をかしげながら外へと向かった。

 くそ。

 首領には何て言い訳をすればいいだろうか、仲間には結局、からかわれるのがオチだろうか。

 明日からの不安要素を数えながら、扉のノブに手を掛ける。

 瞬間、静まりかえった小さなエントランスに、無遠慮に携帯が鳴り響き、

『これからのことは、締め切り終わった後、二人きりでじっっっくりとネv』

 無駄にタイミングの良い、勝利宣言のメールを受け取った。

――完敗。

 痛感しながらも、妙にガキっぽく見えるメールが酷く苦笑を誘った。

 冴えた女は恐ろしい。

 が、そんな女が俺を好きだというのも

「おもしれぇじゃねぇか」



fin.

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