私は泣いたことが無い。一緒に居てくれる人が強く逞しく妥協しない、そんなストイックな人だったから。幼馴染みのおかげで私も気だけは強くなった。だから反抗も出来る。征十郎はなんだかんだ言って私に優しいから。何となく今までは反抗なんてする気になれなくて、うんうんと頭を縦に振って従ってきたけど、今日はちょっと意地悪がしてみたくなって。いつも一緒に帰るという習慣を破ってみた。

『じゃあね、征十郎!』
「…ああ」

初日は普通に送り出し、二日目は少し首を傾げ、三日目にまたかという顔をして、四日目はむっつりとした顔になり、五日目はもう怒りが頂点を突っ切って笑っていた。恐ろしい。

征十郎が少し寂しがり屋だと知れて嬉しかった私は、それから征十郎と一緒のご飯も、登校も、移動教室も別々になってみた。そうすると驚いた事に、征十郎からの接触が無くなってしまった。あれ?おかしいな、こんな事になるなんて思っていなかった私は焦って、だから話し掛けようとして止めた。自分から離れていっておかしな行動だと思ったからだった。だから、征十郎とはもう一緒に居れなくなった。


「へえ、そうなの?」
『うん、そうなの』
「仲直りの仕方がわからないなんて、今時珍しいわねぇ。普通はいつの間にか元に戻ってた、なんて当たり前なのに」
『そんな図々しいこと出来ない』

特に征十郎には。実渕くんはへえ、と漏らした。人生に一生懸命な彼にそんなてきとうな事は出来ないのだ。だってそう、昔から彼は私に対しても真剣で優しくてずっとずっと世話をしてくれたのだ。

『…くだらない事しちゃった』
「でも、何でそんなことしちゃったの?まいちゃんいつも大人しいじゃない?」
『うん、だってね…』

実渕くんが興味深げに見つめてくる。だって、の続きはガラガラという教室の扉特有の音によって遮られた。入って来たのは部活の人たち。実渕くんは先に練習メニューも終わり、人一倍疲労を蓄積していた為征十郎に先に休めと言われていたので、残りのメンバーが練習を終えたらしかった。他の人が来たと言うことは私は出なきゃいけない。ここで着替えをされたら目のやり場に困る。

ガラガラ、再度盛大に鳴らして私は出た。けれど少し躊躇った。それが彼の目に付いてしまい、はっきりと目が合ってしまった。実渕くんが後ろであ、と小さく呟いたのを聞き取りながら、なるべくぎこちなくないように一歩前へ出て扉を閉めた。

征十郎がそこに居たのだ。監督とのやり取りで周りから遅れて更衣室を使うことが多いことをすっかり忘れて驚いてしまったが、いつも彼は監督と意見交換をした後で今日の成果などを紙に書いて整理をする。そうしてまた明日の、明後日の、一週間後の成果を練り出すのだ。

彼は私を一瞥し、書きかけていた一文を書き終え、姿勢を正して私を見据えた。

「まい、今日帰りに話がある」
『あ、は…い』
「別に帰り際時間をくれれば十分だよ。少し待っていてくれ」

そう言ってから彼も戸を鳴らして更衣室に引っ込んでいった。確か彼は今日部活が終わってからジムでまた自主練習をする日ではなかっただろうか、と考えが及び、多分時間は長引かないのだろうと推測して、彼らが出てくるのを待った。

解散してバラける部員たちに交じり生徒玄関まで征十郎と隣り合わせで歩いた。多分一週間以上まともに喋ってなかった。何の話をするのかは予想がついても、彼が何と言うのかは全く検討が付かない。反抗なんてしたことはないし、ましてや彼が私に関わらなくなった事が初めてなのだから、もう私には考えも及ばない。とにかく彼の攻撃的な部分には当たりたくない、と胸中で祈るしかない。

玄関前、部員たちを見送ってから、征十郎が私を見る。彼の双眼に見抜かれると、何だか抵抗力を失ってしまうことに、この時初めて気付いた。


「まい」
『なに?』
「僕が何の話をするかはわかるよね?」
『うん、まあ』
「どうしてあんなことを?」
『気まぐれ、かな』

居心地が悪くてたまらず誤魔化すように視線を逸らし、頬を爪でかく。茶化すような口調になってしまうのは、きっと少しでもこの空気を軽くしたいからだ。
私より少し背の高い彼が一歩こちらに近付くだけで、威圧感は倍違う。それを脅威に感じ、距離を取ろうとした踵が壁を蹴った。どうやら後ろにはもうスペースがないらしく、征十郎は私の名前を呼んで視線を上げるように促した。こうなってしまえば、従うしかない。


『あの、ごめんね…』
「何がかな?」
『わざと遠ざけたりして』
「どうしてそんなことを?」
『ちょっとだけ、征十郎がどんな反応をするかが気になって』
「楽しかったかい?」
『最初は、楽しかった…けど、何だか途中から、違うって思った』
「ふうん、楽しんでたんだね、途中まで」

嫌味ったらしくねっとりとした口調で私のしたことを責め立てる。彼は今笑っているのだろう。私にされたことを仕返ししている。意地が悪い。

「……まい」

不意に呼ばれた名前に肩が跳ねた。急に声のトーンが落ちたからだ。冷たく底冷えするような声に、私は震えた。彼がぶら下げていた手を私の頬に添え、そして視線を導いた。上を見て、私は絶句する。

「…まい、僕がどんな気持ちだったかわかるかい?」
『……』
「笑っていると思ったかい?この状況を楽しんでいると?仕返しをしていると?傷付いてないとでも?思ったか?」
『せ、いじゅうろ…』
「まい」


一拍置いた、彼が呟く。


「寂しかったんだ」


ああ、私は


殺してしまったの。


彼のことを。

(だって、泣いてしまうとは思わなくて)
(動転してしまって)
(抱き締められてしまって)
(何も出来なくて)


END



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