一度だけ、本気で死ぬかと思ったときがあった。

小さい頃からキレイな容姿だと言われ続けた。よく話し掛けてくる人が居たものだから、人にすぐなつくよう育ってしまって。そうした環境がいけなかったのか、誘拐されかけたことがあった。

どうやって連れ出されたのか覚えてない。きっと都合よく全部忘れてしまったんだ。近所の公園付近を一緒に歩いていた大人一人が振り向いたときに俺の腕を引っ付かんで、そのまま連れ去ろうとした。その時の大人の顔はもう人間には見えないくらい、恐ろしく目に焼き付いていた。俺の腕をもぎ取るつもりなのかとも思った。容赦ないその力は必死だった。誘拐ごときで捕まってたまるかという意図が見えた。

もう何がなんだかわからなくて離して離してやだやめて家に帰ると散々喚いたら殴られた。殴られてすぐに舌打ちが聞こえて、大人しくしてれば…ぽつりと呟かれた。大人しくしていたらどうしてた?誘拐した上でその後に何が待ち受けてる?きっと、今までより幸せな生活なんてない。悔しくて痛くてまた腕は引かれるし何が何だかわからなかったその時だった。俺も大人も気づきなかった。

少女が俺の手を掴み取って逃げたことに。

『走って』

そう冷静な声で言われたから俺も冷静になって逃げた。二人して大声で助けてと叫びながら逃げれば、大人はさっきと同じ舌打ちをして消えていった。



走って数分、着いたのは良く買い物をするときに通る道だった。近くに交番があったから今ならあの子が頭の切れがいいということがわかる。お互いに膝に手をついてがっくりと俯いたまましばらく動かなかった動けなかった。自分なりに起きたことを整理してやっと出た答えはあの大人が悪い人ってことだけだった。
息が落ち着いてからようやく、女の子に声をかけた。

「あ、あの…ありがと…」
『こ、』
「…こ?」
『こわかった……』

息を吐くようにか細い声が訴えた感情はそのまま目から落ちていった。ぼろぼろと泣く様はさっきまで手を引いてくれていた少女とは全く違っていて、どうすればいいのかわからなくなった。
その後泣き続ける女の子を慰めた俺は、泣き止んだ女の子にもう一度感謝の気持ちを伝えた。女の子はごめんなさいと謝って、泣き張らした目を赤くさせながら落ち着いた顔に戻っていった。

「なまえ、なんてゆーの?」
『……』
「…?」
『…くろこまい』
「まいちゃん!おれキセリョータ!」
『りょーちゃん?』
「うん!」

そうして道で話してたら交番からおじさんが寄って来て話を聞いてくれた。話を聞いたおじさんはそのまま俺とまいちゃんを家まで送り届けてくれた。それっきりまいちゃんとは会えてない。話の途中で影が薄いとかお兄さんが居るとかいろいろ話をしたけど、まいちゃんの家の道のりは覚えてなかった。でもまいちゃんのことは覚えてる。あの情けない、でも輝いてた女の子に俺は初恋したんだ。



なんでそんな昔の話を急に思い出したのかというと、

「今日から君の教育係になった黒子テツヤです」
「……」
「あの…?」
「あ、ああ、よろしくっス…あの、テツヤくん妹とか居ないっスか?まいって名前の」
「ええ、居ますけど」

こういう偶然の再会をしてしまったからだった。


泣き虫ヒーロー

END



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