木吉はいつも私に付いてくる。それが鬱陶しくて怒鳴ったら嬉しそうに笑ってやっとこっち向いた!と言った。そんな経緯から苦手になった。


アンハッピーブレイク

幼馴染みだから仕方ないといつも一緒に居た私に木吉がなつくのもすぐだった。私が散歩に行っても読書をしていても何をしても右隣が木吉の定位置と決められていたように付いてきた。
そんな木吉を鬱陶しく思いながらも何も言うことが出来なかった幼稚園児の私がどんどん成長していき、ついには小学生になった。同じクラスになった木吉はまたも引っ付いてきたが、まだ何も言わなかった。

一度怒ったことがあったけれど、木吉が喜んでしまったのが強く効いていた当時の私は一度で理解できる学習能力が付いていたようで、怒ることを全くしなかった。それに甘受けするように、木吉は私に付いてくる。


事件は中学一年生。大体夏くらいだったか。頭が沸騰するような暑さの中、冷房と言う機能が全くない学校に居た私が怒鳴った。木吉は唖然とした。何で怒鳴ったのだったか。確か私が女友達と遊びの計画を進めている際に、横に居た木吉が首を突っ込んで来たんじゃなかったか。何でも俺は部活で忙しいのにまいだけずるいぞー。だそうで。そんなの知ったこっちゃないのに、そんなことを言われて周りがまた夫婦喧嘩だと騒ぎだしたから頭に血が昇って、暑くて、熱くて、爆発しそうで。

咄嗟に言った言葉は何だったか。咄嗟過ぎて覚えていないけれど、見上げた木吉は余りにも空虚な顔をしていて。
宝物を失ったみたいな顔がまた気に入らなかったのだ。


簡易な罵倒の言葉を木吉に叩き付けて逃げた。


走って来た場所はよくかくれんぼをした時に隠れていた場所だった。私はいつも家と家の隙間の塀で囲まれた隙間に入る。意外と見つけられないのは、隙間の入り口に電柱が立っているから。でもいつからか見つかるようになってしまったのは、私が場所を変えなかったからだ。
隙間に座り込んでいて、汚いとか暗いとか狭いとかを感じないのはきっと頭が混乱しているからだ。何であんなことを言ってしまったんだろう。今までだって許容してきたのに。きっと木吉は困惑しているに違いない。

いや、どうだろう。と考え直す。私と居て木吉が泣いたことも、私が原因で困ることもなかった。きつく叱ったあの時でも、彼は笑ったのだ、私に。

空虚に包まれた気がした。私には笑顔しか見せていない。木吉は私に笑顔しか見せなかった。それが意味するのは信頼ではない。途方もない距離だ。
木吉は私と居るときいつも遠慮と気遣いを携えていたのだ。それはつまり、私と居たのはただの付き合い。それほど深い関係ではない。そう考えれば考えるほど目にはなみなみと滴が溜まっていき、目の前はぼんやり霞む。涙の波が景色をさらってしまって私の腕でさえぼんやりと見えない。

「まい」
『っ……』
「やっぱりここか」

どこか安心したような溜め息が上から落ちる。私を見付けてくれた人なんて声で丸わかりだった。酷いことを言ったのに、傷付けたのに、お人好しもここまで来ると救いようがないよ。

「な、帰ろう?」
『いや』
「子供みたいに駄々こねるなよ。ほら」
『やめて』

拒絶に触れかけた手を引く気配がした。木吉は今も昔も私に優しい。どうして優しいのに私になんか構うのか。放っておくほうがずっと楽でしょ。

「なあ、いっつもまいかくれんぼするとここに隠れてたよな」
『……』
「この場所がバレても場所変えたりしなかったの、何でかわかるか?」
『…わかんない』
「見付けて欲しいと思ってるからだよ」
『!わっ』

私が話に気を取られている隙に、木吉は私の脇に手を入れて持ち上げた。子供が父親にやってもらうような体勢は思った以上に高くて不安定で、だからじゃないけど木吉にしがみついた。背中に暖かい手が乗せられて、上下に軽く揺れた。

「まい」
『、ん』
「俺がお前の側に居るのは、それだけで幸せだからだ」
『変だよ、そんなの』
「変じゃない。本当に幸せだったんだ。一緒に居て、まいが笑ってるところ見れたら十分だったんだ」
『木吉は元から変だけど、本当、わかんない』
「…まいが好きだからなんだけどな」

囁かれた言葉は伝える意思がなかったのか、簡単に空気に溶けていって、だから自信が持てないで居ると、木吉は初めて、唇で私に触れた。髪に残る優しい感覚は木吉そっくりで、口じゃないんだとか思っている自分にビックリだった。

『ね、木吉』
「ん?」
『明日から恋人同士?』
「今日からで」

にっこり笑った木吉が私を抱えて歩き出す。周りが優しく強いオレンジに染まり始めた頃。木吉みたいな夕焼けだと思った。

END



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テーマ「人外ファンタジー」
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