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黄瀬涼太と泣き顔

黄瀬くんは良く泣く。人間は、というか日本人は大体の人が、自分の泣く姿を惨めだと思い、醜いと隠したがる。だけど黄瀬くんは結構堂々と泣いている、というイメージがあった。涙目になったり、少し泣いたりという姿を見られることに抵抗がないのだと、自分の中でそんなイメージが出来上がっていた。だってモデルだから、それだけ整った顔で泣いたら然も絵になるだろう。
だから、私は分かった気になっていたのだ。黄瀬涼太というものがどのような人物であるのかを。


「俺は、正直どうでもいいんスよ、今のところ」
『何がでしょう?』
「自分が惨めだとか、そういうの」
『いきなりどうしました?』
「アンタも思ってんじゃないんスか?俺が青峰っちに勝てるわけないって」

自嘲気味に笑ったその顔は、にこやかで爛々としているいつもの表情とは全く違い、だから私は調子を狂わされる。はあ?そんな少し疑問めいた声が漏れ、黄瀬くんは少し笑った。いつもの調子で私に合わせてくれているように。

「周りはみんな、みーんな無理だとかお前は今のままでもすごいとか言ってくるんスよ。でも、俺はまだ納得してないんス」
『納得していないのは、自分の実力にですか?』
「そうっスね。俺はもっともっと伸びる!って思ってるっス」
『…それは、すごい、ですね』

自分でも気のない返事をしてしまったな、と思った。黄瀬くんは何だか微妙な顔をしてくしゃりと笑う。悲しそうなその顔に、少しごめんなさい、と言った。
別にバカにした訳ではなかった。彼の成長はこの目でしっかりと見てきたため、まだ成長すると言われても頷けるのだ。何故ならキセキの世代と呼ばれる黄瀬涼太を含め四人が、未だ成長し続けているから。それに加え赤司くんからのお墨付きがあるのだ、彼が成長しないと断固拒否したところで、バスケを辞めない限り彼が成長することはもう当然と言っても良い。
じゃあ何故気のない返事をしたのか。それは、これ程当然だと思われている事を本人が気にしているからだ。成長することは、周りも認めている。黄瀬くんは何が不満なのか。

「俺は…もっと強くなって、青峰っちより強くなるんス。それが目標」
『…青峰くんは仲間です。自分より強ければ強いほど、頼りに思え、精神的にゆとりが出来ます。それなのに、打倒青峰?』
「俺にとって、青峰っちは唯一追い越せない存在なんスよ」
『はい』
「そんな存在、今まで居なかった。だから…すごく、わくわくするんス」

きゅう、握り拳を作り、胸に当てて彼は微笑む。微笑み、にはいろいろな感情が混ざっていて、私には理解が出来なかった。

それから数日後に青峰くんは部活に来なくなった。黄瀬くんはいつも通り、自分より強い存在に挑む。いつもと同じ、楽しそうな顔をしながら。時折調子を崩したように悲しい顔をしながら。それでも勝ち点を取っていく。忠実に。


「みょうじっち、俺は…どうすりゃいいんスかね」
「せっかく見つけた目標も無くなって、記憶で強さを思い出したって届かなくて」
「青峰っちはずるいっス」
「勝ち逃げして、俺に勝たせてくれないんスよ」

そう言って泣いた黄瀬くんは、記憶のどれにも当てはまらない顔をして、いつもの顔はきっと、ずっと、本性をずっと隠して、醜い姿を見せないように覆っていたものだったんだと気付いた。

だから私はその頭を抱き寄せて撫でることしか出来なかった。

黄瀬涼太と泣き顔

END




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