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紫原敦と泣き顔

バスケに負けた彼が泣いたので、私は号泣した。

「汚いよあだなちん」
『知るかばか』
「鼻水出てるし」
『タオルで拭くから良いの!』
「ティッシュで拭いてよー」

汚い。そう言った敦は既に泣き止んでる。先輩達も泣き止んでる。悔いはあるけど引き摺る程情けない負け方をしていないのだと思う。未練があるのは私だけ。来年という言葉は先輩達には通用しない。考えてまた泣いた。ずずっと鼻を啜った。こんな同情めいた感情は先輩達にとって迷惑だ。

無理やり押さえ込んだ涙が目に膜を作って視界をぼやけさせ、結局解散になるまでみんなの顔は見えなかった。おかしいな、こんなに涙が引っ込まないなんてどこか涙腺辺りが壊れてるのかも知れない。ぐりぐりと指で目の辺りをマッサージしてこりをほぐす。腫れぼったい瞼を撫でたとき、チャイムが鳴った。因みにここはビジネスホテルである。

『誰ー?』
「おれ〜」

くぐもった声が存在を知らせるが俺だけが返事として帰ってくるのは少し役割不足だ。オレオレ詐欺でもする気が。しかし、このしゃべり方は部員の中でも一人しか居ないのでわかってしまうのが悔しい。


「開けるの遅いしー」
『何か用ですか』
「腫れてんね、目」
『敦は赤いよ』
「寝不足なだけだし」
『はいはい』

バリバリとスナック菓子を貪りながら、扉の高さを悠々とオーバーした男がこちらをじっと見据えている。赤い白眼はいつもより威圧感を出している。これだけ大きな人でも泣くのだ、バスケの試合一つで、確かに悔しさを感じる。同じ生き物だという親近感が今更沸く。

「ね、あだなちん」
『なに』
「何で泣いたの?」
『悔しかったから』
「そっか」
『敦が、悔しがったから』
「……悔しい」


男の目から滴が落ちた。水滴は頬を伝って彼のジャージに染み込んでいく。悔しさを再確認して泣く彼はとても人間じみている。あれだけ面倒臭いとかダルいとか言っていたバスケなのに。負けてもどうでもいいと、もう言わなくなった彼は、それはもう幼い感情の塊だ。

『敦、悔しいね』
「あだなちんも悔しい?」
『うん、すごく悔しいよ、敦』

私の目から膜は無くなり、頬には滴が伝っている。彼の屈んだ背に腕を回して抱き寄せた。大きい背中はこの時だけは必死に縮こまっていた。あだなちん、あだなちん、繰り返し呼ぶ声が震えている。堪えようとして失敗しているのかも知れない。それが健気で愛しくて、私は腕に精一杯力を込めて、お疲れ様。それだけを伝えると、敦は声を詰まらせながら苦しい、と呟いたのだった。


紫原敦と泣き顔

END




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