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赤司征十郎と泣き顔

昔から夜泣きもしない方だったらしい彼は、物心ついたときから泣く姿を見せなかった。私は彼の幼馴染みで、幼稚園の時からの付き合いだが、一度も見たことはないと思う。そうは言っても、私は小さい頃の記憶があまり無いので、断言は出来ないが。

彼なら、あり得るんじゃないだろうか。今まで一度も泣いたことがないとか。そう思ってしまう程、幼馴染みは完璧だった。

『せいちゃんはさ、何で私と一緒に居てくれるの?』
「いきなりだね。どうかした?」
『気になったの』

愛称で呼ぶとこちらに顔を向けたせいちゃん。赤司征十郎はみんなに尊敬されかつ畏れられているのでせいちゃんにいたずらはしなくなったのだが、この呼び名だけはどうしても抜けなくて、幼稚園の頃からずっとだ。多分、会えるならおじいちゃんとおばあちゃんになってもこのままだろう。古い固い絆というものなのだろうか、そう思うと少し顔がにやけた。

「そうだな……」
『考え込むのか』
「深く考えた事が無かったからね」
『真剣に悩まなくてもさ、てきとうに答えれば良いのに』
「てきとうでも真剣でも納得しないんだろうけどね」

人間ってそういうものだから。そう言って彼は赤と薄い朱色の目を細めた。そうかもしれないね、でも聞きたいな。そう返すとまたせいちゃんは黙り込んでしまう。じいっと見つめてくる目が嫌に突き刺さるので、私はてきとうに話を進めた。

『それだけ考えても出ないんだからさ、私にあんまり価値なんか無いんだよね、多分』
「何故そう思うんだ?」
『せいちゃんは完璧だから。私は何でも中途半端だから、せいちゃんの役に立った覚えないよ』
「…なまえ」
『な、なに?』

私の名前を呼ぶ声はひどく低かった。この声を出すせいちゃんは大抵説教をする時で、私は大袈裟に肩を揺らした後無駄な抵抗として逃げ道を探した。さ迷う視線を向けてほしいのかまたせいちゃんが名前を呼んだ。

『ご、ごめんね』
「何が」
『いやわかんないけど、機嫌悪くなったから』
「……」
「ごめんなさいい」

頭を抱えて防御体勢に入った私をせいちゃんは溜め息吐きながらまだ見つめている。そうして徐にまた私の名前を呼んだ。なまえ、なまえ繰り返される言葉に私の身体が少しあったまる。


「何でなまえはそんなに自虐的なんだろうね」
『だって、本当のことだし』
「……」
『第一、周りがすごすぎて、なんだか、自虐的になりたくなったり……さ…………』
「……」
『…せ、せいちゃん?』
「何だ?」
『何で、泣いてる…?の?』
「悲しいから」

そう言って彼は綺麗な目からいくつもの滴を落としていく。何がそんなに悲しくなったのか、せいちゃんが泣くのは初めて見るな、そんな考えが浮かんでは消えていって、何を言って良いのかわからなくなった。

「なまえが普通なのは昔からわかってる」
『う、うん』
「でも、僕のことを普通に扱う人は少ない」
『うん』
「それと、僕が特別扱いするのは君だけだ」
『…それは、された覚えないですよ?』
「泣き顔を他人に見せたの、二回しかないんだ。どっちもなまえにだけ」
『え?』

そうだっけ?思い返して見ても記憶に残っているのはキリッとした子供ばかりでわからない。せいちゃんは構わず話を続けた。

「僕の精神を支えてるのはなまえなんだ」
『……』
「だから自分を虐げないでくれないか?」
『わ、わかった。泣き止んでせいちゃん』
「…うん」


そう言って笑う顔は幼くて、何となく、初めて泣き顔を見せてくれた時もこんな感じだったんじゃないかな、と思った。彼の泣き顔は、泣き顔という事を忘れてしまうほど綺麗で神々しいものだった。


赤司征十郎と泣き顔

END




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