この世の中にはどうしようもないことがある。理不尽で、後悔なんて結構たくさんあるものだ。
だからって華の女子高生になりたての今、死ななくても良いでしょう。猫が道路に歩いていったから、助けようと思っただけなのに、まさか車が突っ込んでくるなんて思わないでしょう。しかも、余所見してたのか何してたのかブレーキとか一切ないって。

ああ身体が重たい。体温ってなんだっけ。猫がこっちを見ながら倒れてる。死んじゃったのか、生きているのかもわからない。もう寝てしまおう。寝ていたら多分、なるようになる。


*****


『という夢を見たのさ!!』
「…何寝惚けてんだ、いつき」
『んー何でもないよ……』
「あ?」
『ちょっと…トイレ…』

おい、と呼ぶ声を振り切ってとりあえずトイレに来てみた。さっきの状況を説明すると、壮絶な夢を見ていた私は起き上がると知らない男子に名前を呼ばれた訳だった。そこまではまあ同学年の人とかもある訳だから良いんだけど、問題は知らない男子を私は知っていた。詳しく言えば、友達のハマっていた漫画のキャラクターだった。

どういうことかとりあえず顔を洗ってみようという意見に落ち着いた私は、叫んだ。この世のものかと思うような悲痛でいて疑問を孕んだ強烈な叫びで、すぐに人が覗きにやって来たが私は個室に入って人目を避けた。なんなんだこれは、一体、どんな夢だ。

『私までキャラクターになったってこと…?』

以前は黒髪だった長い髪は、今では淡いピンクに変わっている。服装が知らない制服な上に、声も自分のそれとは違った。鏡に写ったのは紛れもなく、私のはずなのに、写し出されたのは全くの別人だった。
私はその別人を知っている。友達に勧められて読んでいる漫画に出てきた、桃井さつきそのものだ。

『な、まえ…名前は?』

確か名前は呼ばれていたし何かの勘違いかも知れないとケータイを開く。私の機種とは違い可愛いピンクのそれにプロフィールを表示させる。

『名字だけ、桃井…』

こんな中途半端なことがあるのか、と驚愕している間にチャイムが鳴った。急いで教室に戻り、教師が来る前に着席。私の学校と大差無い光景が、少なからず私を冷静にさせた。

多分これはトリップというものだと思う。もしそうだとすると、しはらくはこの世界に馴染むしかない。それにただの夢かもしれない。長い長い夢なら、まだましだ。さっさと覚めてくれれば良いのに、なんでこんな夢を見るんだ。

「おいいつき」
『うえ?』
「授業終わってんぞ」
『え、あ?ホントだ』
「じゃあな」
『ま、まって青峰くん!』

私はこれから、友達の貸してくれた漫画に馴染もうと、そう思います。

『部活、行こう?』
「行かねぇ」

現実に目覚めるまで。


現実を亡くした


END

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