数日後、私たちは誠凛高校と対戦する。これがこのメンバーで戦う最後の公式試合だけに、みんなの気合いの入り様は目に見える程だった。それで、意外なことに、青峰くんも練習に顔を出すようになって、調子が良いときは試合にだけ参加するようになった。私とは言葉も交わさなくなってしまったけれど。


「ねえ、まいちゃん。ちょっとお願いがあるんだけど」
『はい…?』
「ちょっとこのゼッケンとか洗濯して欲しいの」
『了解です』

部員が一人増えただけで、少しだけ仕事が増えた気がした。それが嬉しい気もした。どうしてかなんてわからない。でも多分、この先を考えないと青峰くんともこんな微妙な関係を続けなくちゃいけなくなる。どうして私は、青峰くんにこんなに怯えているんだろう。今までこんなに怖くなることなんてなかったのに。

「っ!木下!!」
「まいちゃんっ」
『?え、』

倒れてきた何かに押し潰されて、私は気絶した。


*****


ぼんやりとしていて、役にも立てなくて、自信もなくて、特別絵が上手かった訳でもなくて、勉強が出来た訳でもない、そんな私と仲良くしてくれるのは、女学校の友達だけで、すぐに打ち解けることも出来なくて三ヶ月は一人で過ごしていた。そんな私が高校で一番最初に作った友達が青峰くんだった。まさに偶然の奇跡で、男の子となんて、遊んだ記憶がないくらい免疫がないのに、それを気にせずありのまま、他の人と差を付けたりせずに接してくれた青峰くんに、私はとても憧れていた。救われていた。バスケも友達も、青峰くんの与えてくれる恩恵のように思えてならなかった。青峰くんと一緒に居ると、私の周りがどんどん賑やかになって、毎日が楽しかった。

でも、欲張りになってしまった私が居た。私以外の女の子に笑う青峰くんを見ると苦しくて、何だか息遣いが不自然になって、言葉が出なくなって、身体が少し固まってしまう。病気なのかとも思った。だけど違うそれは、汚い嫉妬だった。友達への嫉妬だと思ったそれは、形を変えていって、私に事実を突き付ける。憧れていた部分を気に入らなくなるなんて、なんてわがままなんだろう。自分が嫌になっても、青峰くんが笑顔を向けてくれるから、私はまだ自分を嫌いにならないでいれた。

青峰くんが告白してきた時、本当は嬉しかったのかもしれないと自分でどことなく思っていた。涙が止まらなくて、苦しくて、でも身体中が熱くなるあの感覚は、嫌なものじゃなかった。気付きたくなかったのかも知れない。青峰くんを独占したい自分に。

自分から距離を取った。青峰くんを縛ってしまうだろう自分を遠ざけるため。でも、それはいいわけで、多分私は青峰くんにこんな自分を知られたくなかったんだ。嫌われないようにひた隠しにして、それで私も知ろうとしなかった。都合が悪いから消し去ってしまった。

私はこんなに嫌な子なのに、青峰くんは好きで居てくれる訳がない。でも、それでも、私は青峰くんが好きで仕方がないのかも知れない。束縛するほどに、醜くなるほどに、どうしようもないほどに。


*****


『…ん、』
「起きたか?」
『あ……、み?』
「残念ながら、ワシやねん」
『い、まよし…さん?』
「そ、ご名答や」

ぼんやりと移る視界には今吉さんらしき人が居た。ほとんど口調で判断したけど。
そこから倒れたことを思い出して、頭を触ると包帯が巻かれていた。

「あんま触らん方がええで。割れてんねん、それ」
『…え』
「今日、試合してきたんやけどな…負けてしもた。木下ちゃんは、四日くらいずっと寝とったんやで」
『あ、う…そ……』
「まあ頭やから、記憶曖昧ならんか心配やったけど、無事ならええねん。ホンマ、良かった」

安心したように、握っていた手を額に当てて溜め息を吐いた今吉さんは、そのまま真剣な顔に変わった。その頃にはもう、私の眼も正常に機能していた。

「…起き掛けで悪いねんけど、聞いてくれへんか、大事な話や」
『は、い』

交わる視線を私は知っていた。それでも逃げない。この人も、青峰くんも、私を想って決心をしてくれたのだから。

「前から、気になっとってん。青峰が連れてきた女の子やったし、マネージャーにもなって、接する機会も多かった。見た目見てかわええ子やな、くらいにしか思ってへんかった。それがどうしてかこうしてか、どっぷり浸かってしもて…救い様ないわなぁ」
『……』
「好きんなってしもおて、諦めれそうもない。他人のもんに手ぇ出すんは良くないけどな、それくらい真剣なんや」
『い、今吉さん…わたし、』
「知っとんねん、青峰のこと好きなんくらい。だから、返事は要らへん。いつか青峰に捨てられた時…はないか。青峰に飽きたら捨ててこっち来いや。大歓迎やから」
『…ご、めんなさい、わ、たし…』
「んー…困ったなぁ……泣かんといてや」
『いま、しさ…しあい、も、でれな…くて、ないてきた、ばっか…り、っ』
「そない酷い顔しとったんか」

苦笑する今吉さんが、私をあやす。優しくてまた涙が出てきた。ああ、もう引退してしまうこの人のバスケをする姿が見れなくなるのか、と思ったらまた涙が出てきた。そんな時、カチャリとドアが音を立てた。

「…っお前なに」
「あーもう面倒臭い。後任したわ青峰」
「ちょ…おい、」
「はよ泣き止ませれや」

そう言って今吉さんは病室から出ていった。私は無意識に、追いかけようとしていた青峰くんの裾を掴んで、引き留めていた。きっと、これが最後のチャンスなのだと思って。


「何か、用があんのか…?」
『あ、あお、みねくんに…言いたいこと、あります』
「…言えよ」

乱暴に、今吉さんが座っていた椅子に座った。目線が一緒で、なんだか対等になった気になった。

『へん、じ…すぐ出来なくて、ごめん、なさい。あと、ここまで来て、くれて、ありがとうござい、ます。それと、試合、お疲れ様、です。それと、えっと…』
「ゆっくり喋れよ、待っててやるから」
『……青峰、くんは、負けて良かった、ですか…?』

聞くと、青峰くんは険しい顔になった。それでも私は見つめ続ける。

「…負けるのは、嫌だ」
『……』
「けど、まあまた、バスケが普通に出来そうだ」
『!』
「だからまた、部活で、よろしくな」
『青峰くん…』
「あ、?」
『好きです、青峰くんが、好きです。誰にも負けないくらいに、好きです。一度、返事をしなかったから、信じてもらえない、かも、です…け……』


最後の言葉は、青峰くんに吸いとられてしまった。唇と唇が重なっていることに気付いたのは、青峰くんが綺麗な笑顔を見せた時で、私は嬉しさからか恥ずかしさから、また泣いてしまった。

それでも、青峰くんがそばに居てくれたから、すぐに笑顔になれた。


貴方のくれた日々

苦しかったり楽しかったり悲しかったり嬉しかったり
いろいろありすぎて思い返すのに時間がかかるけど
決して嫌な時間じゃなかったと自信を持って言えます

どうかこれからも、私に頼って私を支えてください。

END


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