あの日から青峰くんは先に帰るようになった。
バスケを教えてくれなくなった。
彼がバスケから本格的に離れていった。


寂しい心


教室では話を聞かないように机に伏して
昼休みには立ち入り禁止の屋上に逃げ込み
話し掛けようとするとトイレと言って
それは必死な子供みたいだ。

私も必死に追い掛けるけれど、青峰くんはすぐに私を撒いてしまうから話すこと自体が減ってしまった。
私の周りは少し静かになった。

何で避けられるのかわからなかったけれど、私が何かしたということはわかる。それと同時に、知ることができた。

青峰くんはバスケが楽しくない。でもそれは今だけのことで、バスケは元々大好きだし、今も好きだって桃井さんが言ってた。それど、バスケが楽しくない原因が、強すぎるから。強すぎるから、周りが弱すぎてつまらないのか、と思ったけど、それなら私の練習を見てくれる筈がない。そうなれば、必然的に浮かび上がるのは……


「難しい顔してるよ」
『う、?』
「皺寄ってる」
『あ、桃井さん』
「…青峰くんと、何かあった?」

桃井さんは優しく私に尋ねた。それは多分、過去を聞かれたら何でも答えられるからだ。きっと桃井さんは、何も解決出来ないのに口を出してくるような、そんな人ではない。


『桃井さんは、青峰くんがバスケを、楽しめなくなった理由…知ってますよ、ね』
「…そうね」
『そうです、か…』

しばらく見つめあってから、桃井さんは首を傾げる。

「聞かないの?」
『……』
「知りたくない?知って、大ちゃんを理解したいって、思わない?」
『…しりたい、けど、私は……青峰くんから、聞きたい、です』
「……」
『青峰くんから聞かない、と…意味、ないので』

そう言い切ると、桃井さんはにっこり笑ってそっか、とだけ頷いてくれた。多分、桃井さんも同意見みたい。

「じゃあはやく行きなよ!」
『えっ』
「善は急げってことで」
『まだ、し、仕事とか…!』
「また明日やればいいから、今日は大ちゃんの方、行って来て」

そのまま背中を無理やり押し出して部室から閉め出されてしまった。やることはちょっと強引だけど、桃井さんの言う通りなのかも知れない。こんなことは、さっさと片付けてしまった方が良い。

『あ、ありがとう…っ』
「また明日ねー!」

バイバーイっと部室の扉から顔と手を出して見送ってくれた桃井さんに、私はどんな顔をしたんだろう。


***


『き、来てしまった…』

学校の寮はもちろん男子寮と女子寮があって、その寮は敷地は同じだが少し距離を離されている。知り合いが居ない限りは出入りする必要もなく、結局お互いの寮には立ち入ることも無いまま卒業する方が当たり前で、ということは、と考えれば、この結果は当たり前なんですけど…
寮のドアの前で座って待っている私への視線は異常だった。中には睨んでいるような人も居て、帰りたくなった。インターホンを鳴らしても、ドアをノックしても反応しなかったから、多分青峰くんは帰ってないんだろうけど、時間は三十分を軽く越えてしまった。
はやく来ないかなぁ。と呟いても変な目で見られてしまいそうで、体育座りをしている膝に顔を埋めて小さくなって視線から逃れようと思ったとき、頭の上から二つ降ってきた。

「どないしてん」
『…あ、』

一つは優しい声と、もう一つは大きな手。

『今吉さ、ん』
「青峰待ちか?」
『…はい』
「木下ちゃんあんまし注目されるの嫌っとるんに、頑張るなぁ」
『も、桃井さんに、後押し…してもらった、ので』
「そーか。でもまだ帰らんみたいやなぁ」

その一言に、う、と声を漏らしてしまった。今の時間は6時半過ぎ。直帰の青峰くんなら、もう着いていてもいい時間なのに居ない。もしかしたら、私より先に来ていて、居留守を使っているのかも知れない。もしかしたら、私より遅く来ていて、私を見かけたから寄り道をしているのかも知れない。
最初から、あれだけ徹底的に距離を取られて居たからわかっていたことだけど、実際考えてみると、とても辛い。

「…あー、木下ちゃん、気にせんでええよ、ワシの言ったこと」
『……?』
「大丈夫や」

ぽんぽん、とまた頭を大きな手が撫でてくれた。髪を乱すことなく、下へ流れていった手は、私の求めているそれとは違った。

「…何や、青峰もやるなぁ」
『え?今なんて…』
「人の部屋の前で何してんだよ」
『青峰、くん!』

振り向くと青峰くんが不機嫌そうに此方を見ていた。今吉さんを見ると、ほらな?と言っているみたいな笑顔を見せてくれた。私も釣られて笑顔になってしまう。今吉さんは、いい人だな。

「白々しいなぁ青峰クンは。まあはよ家の中でも入れてあげてな。結構待っとったみたいやで」
「うるせぇ」
『あおみ、ねくん。お、遅かったね』
「あ?まーな。それより、さっさと行くぞ」
『え?』

疑問を言い終えるか終えないかで手を引っ張られる。青峰くんに手を引かれて、そのまま走ることになった。どこに連れて行かれるのか、よりもまずは私の体力が心配だった。青峰くんは、私の速さに合わせてくれていた。


はぁ、はぁ、と完全に息を切らしている私に対して、青峰くんは全く平気そうだった。もう沈みかけた太陽が陽光を橙色に変えて街を照らして消えていった。
やって来たのは、ストリートバスケのコートだ。

『あ、の』
「毎日見てくれって言ってたから、待ってたのによ…」
『……え』
「迎えに行かねえと来ないのかよ」
『そ、そういうわけ、では』
「俺は毎日待ってた。お前は毎日何してた?」


青峰くんが、人差し指でバスケのボールをくるくる回し始めた。顔は気が抜けているように見えるけど、声はわりと本気だった。私は毎日、何をしていたんだろう、記憶を掘り起こす。


『あ、青峰くんに避けられてショックを受けて、マネージャーの仕事を…して、何で青峰くんに避けられるのか、考えて、そうしてたらいつの間にか、家に居ます…ね』
「……」
『そ、そんな、睨まなくても…』


呆れたような目で見られたらもう何も出来なくて俯いたら、青峰くんは盛大な溜め息を吐いた。

「まいは抜けてんな」
『う…』
「ぼーっとしてると食われちまうぜ」
『くわれ?』
「…まあ、いつかわかんだろ」

頭の上に、重さが加わったと思ったら、髪ごとくしゃくしゃと撫でられる。青峰くんの撫で方は遠慮がなくて、髪が乱れるけど、とても気持ちいい。


その後しばらくして、青峰くんは私を家まで送ってくれた。明日から、また練習を見てくれるらしい。もう、避けられないのかは、わからないけれど。

当初の目的は果たせなかった。

END


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