あんなことがあった次の日からも普通に接する程まいは軽い女ではない。軽い女と言っては語弊があるかも知れないが、言い換えるならば冗談が通じないのだ。
事実冗談と取れなくて説教までしてみせたのに、青峰の反応はあまりに軽く、さらに冗談だと知ったときのショックは大きく、まともに顔が見れないどころか、視界にあの褐色の肌が見て取れただけで反対方向を向いてしまい、声を聞いただけで耳を塞いでしまい、最終的に痺れを切らした青峰が肩に手を置いただけで悲鳴を上げる始末だった。この時の悲鳴というものは結構大きなもので、つんざくような声がクラスに響いた時は注目の的になった。

こんなことでは青峰を連れていくという目標は難しいと考えたまいは、部室の掃除や洗濯も残してあるので帰ることも出来ず、青峰を早々に諦めて掃除などに専念することにした。
因みに部活が無いと思い込んでいたまいだったが、自主練習をする生徒も多く、部室は必然的に使われ、さつきも部活の仕事を少しずつではあるがこなしているっ聞き、そこまでしているのなら自分も仕事をしようと、朝に決意していたのだ。


「なんや木下ちゃん調子ええなぁ」
『えっあ、そ、そんなこと無いです、よ!』
「人が誉めてんだから、素直に受け取れよ」
『は、はい…』
「若松は怒っとるんちゃうからあんま怯えんといてな」
『すみま、せん……』

もはやどんな言葉を掛けられても、昨日の悲惨さを思い出しては素直に受けとることが出来ない。もし今吉の言葉が嘘で、若松の言葉が怒りに満ちているものであったとしたら…まいはそんな不安の坩堝に陥っていたのだ。

「…なんや木下ちゃん、変やなぁ」
「………」
「桃井さん何か知っとる?」
「思い当たる節なら…」

昨日の事件の原因を突き止めてみると、桃井の一言に至るため、桃井自身もそこまで思い当たったのだが、何があったかまでは判断が付かない。何と言っても事を起こすのは大体あの問題児の青峰なのだ。桃井にだって予測が出来ない。

「直接聞いてみますか…!」
「ええの?なんやよろしい話やない気ぃがしよるで」
「だって、可愛いマネージャーが元気ないと一番上の方も集中しないですから」
「……ワシそない気にしとったかな?」
「ええ」

にっこりと笑顔を浮かべ、そのまままいの側へ駆け寄る桃井を今吉は見送る。あないこと言われたって、マネージャー二人とも可愛いんやからしゃーない、そう自分に言い聞かせながら、彼も解決を祈ってコートへ戻っていった。


「で、どうしたの?」
『えっ?』
「元気ないって主将が心配してたよ」
『な、何でもないです…すみません集中してなくて』
「そういうことじゃないよ!普通に心配してるの。昨日、青峰くんと何かあった?」
『っな!ないっ…!』
「あらー、あったのね」

ビンゴ。と機嫌が良くなった桃井がどうしたのかな〜?と尋ねる。そのさまはとても楽しそうだ。まいはバレた恥ずかしさとさらに核心を捕まれたらどうしようと緊張する。硬直し出した指先に真っ赤な顔は少しアンバランスだ。

「別に、言い触らそうとか笑いの種にしたいとか、そんなんじゃないの。ただ悩みとか相談したいとか、話すだけでも楽になって、またいつもの笑顔になるなら聞きたいって思ってるだけなんだよ?」
『……さ、さつきさん…っ!』

感極まったまいは涙目に桃井を見つめる。最近良いことのない(と思い込んでいる)まいにとって、桃井の優しさはとてもありがたいものだ。

『で、でも、は…話すような、ことでは……』
「本当に?大丈夫?」
『は、い…』

厚意はありがたいが事が事なため軽々口には出来ない。まいは断りながら昨日のことを思い出しじわじわと体温をあげていく。だが桃井も引きはしない。ここまで来てしまったら気になって仕方がないのだ。

「青峰くんが何かしたのなら、私からも言っておくよ?」
『ほ、ほんとうに、もう…いいです、からっ』
「だってまいちゃん大ちゃんと今日話してないでしょ?」
『な、何で…っ?』
「…だって、」


青峰という単語を聞いただけで体温が急上昇していくことにさらに羞恥を感じたまいはもはや半泣きだった。こんな様子では話せないだろうという桃井の憶測と、彼女にはもう一つ、確信を得る情報がある。

「まい…今日は良くも無視してくれたな……?」
『き、っ!?』
「悲鳴禁止な」

背後から聞こえた地を這うような低い声に、まいは一瞬本気で泣きそうになった。羞恥心を声から発散させて誤魔化すことも、青峰の手が後ろから塞いでしまったため叶わない。ついでに抵抗しようとしても、緊張に体が凍ってしまったため、まいは動けないでいた。指先は驚くほど冷たい。

「昨日の、そんなに気に食わなかったのかよ」
『んぐぐっ』
「一日中俺を変質者みてえな扱いしやがって」
『〜〜〜っ』
「声かけてやっても返事しねえし」
『……』
「?おい」
「青峰くん。まいちゃん失神してる」
「あ!?」

途中からこの現状から抜け出せない事を悟ったまいは、もういいや…と意識を手放した。青峰の腕の中に、まいは力なく凭れていた。


上がり症

END


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