side twins
僕達は顔が同じ。
だからよく名前を間違えられる。
初めはちゃんと違うよって訂正していたけど、余りにも多いその数に段々面倒くさくなりただ呼ばれた名前に対応するようになっていた。
純と呼びかけられれば自分が純であろうがなかろうが「何?」と答える。
大体僕達は顔も能力も性格も全て同じだし、本当に名前くらいしか違うところがない。
どちらに呼びかけても答えは同じ。
なら名前なんかどうでもいいじゃないかと。
そう思っていた僕達の前に現れたのは一人の天使だった。
「えーなんで?双子だろうが名前が違ければ違う人でしょ?ちゃんとテイセイしなきゃダメだよ〜」
まだ辿々しい日本語で諭してくる少女。
じゃあ自分は違いがわかるのかと聞くと、眉を下げて「……わかんない」と言う。
悲しそうにごめんなさいと謝る彼女。
───その時、胸がチクリと痛んだ。
これは僕の感情?それとも片割れの感情?……それとも、彼女の?
わからないけど、気付いたら僕達は同時に彼女を慰めていた。
気にしなくていいよと、みんなわからないからと。
けれど、彼女は首を横に振る。
みんながわからなくても、自分はわかりたいのだと。
彼女と会話していると、胸がポカポカしてくるのを感じた。
これは片割れも感じているらしい。
胸に手を当て不思議そうにこちらを見てきた。
彼女と初めて会ったのはお母さんのお葬式だった。
唯一僕達を見分けることができたお母さん。
でも病気で死んじゃって、僕達を見分けられる人はいなくなった。
お父さんはたまに間違えるから、本当の意味で見分けられてはいないと思う。
そして今───目の前の少女が一生懸命見分けたいと言ってくる。
僕達は確かに思ったのだ。
この子に見分けてほしいと。
お父さんに彼女とは次いつ会えるのか聞いたら、驚いたように「正月かな」と言った。
お正月、1月1日。1年に、1度。
あとは?って聞くと、困ったように「お家が遠いから難しいねぇ」と言う。
それになんだか悲しくなって、片割れと泣いたのを覚えている。
お母さんが死んじゃった時も悲しかったけど、あの子に会えて胸がポカポカしてたから泣かなかった。
けど、今は涙がポタポタ流れていく。そんな僕達をお父さんがあわあわした様子で宥める。
あわあわしてる暇あったらあの子に会わせてよ、って思ったけど言わなかった。
言ったらお父さんまで泣いちゃうと思ったからね。それはそれで面倒そうだった。
結局、次に会えたのはお父さんの言った通りお正月だった。
彼女は赤色の着物を着ていて、とても似合っていたのを覚えている。
片割れもポーッと眺めていたから見惚れていたんだろう。
彼女は僕達を見つけると一目散に駆けてきて、それがまた嬉しくて胸がポカポカした。
開口一番、指をさして「こっちが純くんで、こっちが粋くん!」と真剣な表情で言ってきた。
僕達はキョトンとして、違うよ?って言う。
すると彼女は以前見たような悲しそうな顔をしたから、僕達は慌てた。
でも「ちゃんと違うよって言ってくれて嬉しい。次は見分けるからね!」なんて微笑まれて、また胸がポカポカした。
彼女はすごい。陽だまりみたいだ。陽だまりから生まれた……天使?
そっか天使だ!
片割れと一緒に天使に会えた!と喜んだ。
お父さんがそんな僕達を見て不思議そうに首を傾げる。
その顔が余りにも滑稽で、天使の笑顔が薄れるからあっち行ってと思ったけど、言わなかった。面倒だからね。
次天使に会えるのはいつかな。またお正月?てことは、またいっぱい待たなきゃいけないの?
お父さんに聞いたら、困った顔でそうだねって言われた。
じゃあお父さんが連れてきてよって言うと、焦ったように「それは無理だよ」って言われる。なんだ役立たず。
じゃあ僕達が会いにいく!と走り出したらまたもや焦ったように止められた。
役立たずはせめて邪魔しないでほしい。
それからも僕達が何かしようとすると止められて、の繰り返し。
いい加減お父さんがウザくて、邪魔すんなって言ったら泣かれた。やっぱり面倒だったのでもう言わないことにする。
結局次のお正月まで天使に会えなかった。
また天使は僕達のところに来てくれて、名前を言ったけど外しちゃった。
本当に申し訳なさそうに謝ってくる天使。でも僕達は天使に会えたことが嬉しすぎてずっとニコニコしてた。
そしたら天使も段々ニコニコ顔になって。
3人でずっとニコニコしてた。
1日中3人一緒だったから、帰る時も一緒!とばかりに天使と同じ車に乗ろうとした。
これで一緒に帰ればお正月なんて待たなくても一緒にいられる。
我ながら素晴らしい考えに片割れと一緒に喜んでいたら、天使のお父さんとお母さんに困った顔で「君達はあっちだよ」と言われた。
それを聞いて愕然とする。
邪魔者は僕達のお父さんだけじゃなかった。
天使を見ると僕達の手をギュッと握ってくれて、悲しそうに目を潤ませてた。
そっか、大人はみんな邪魔者なんだね。
そう片割れと強く認識する。
僕達と天使を引き裂こうとする大人はみんな、邪魔者。
その日は大人しく帰った。
僕達があそこで大号泣したら上手くいったかもしれないけど、そしたらどうせお父さんが泣くし。面倒。
それより、邪魔者をどうやって消すか考える方が大事だった。
消さない限り、天使とは1年に1回しか会えない。
天使が僕達を見分けられないのは会わなさすぎるせいだと思った。
お母さんは僕達と毎日会ってたから、見分けられたんだ。
お父さんも毎日会ってるけど、あれはポンコツだからダメ。
でも天使は違う。天使なら絶対見分けられる。
僕達は別に天使とずっと一緒にいられるなら見分けてもらわなくてもいいけど、それだと天使が悲しそうな顔をするから。
どうやったらいっぱい会えるか、邪魔者を消せるか考えていた時だった。
天使とお正月じゃない日に会うことができた。
それは誰かのお葬式だった。
見たことのあるような、ないような顔。
お正月は極力天使以外の顔を見ないようにしてたから思い出せな……いや、そういえば前回のお正月、誰かが倒れたとかで解散が早まったんだった。
貴重な天使との逢瀬を妨げた、邪魔者。
そうか、あの邪魔者がいなくなったんだ。
……ん?じゃあ邪魔者がいなくなるたび、天使と会える?
そう思ったけど、お葬式は1日2日で終わっちゃう。気休めにはなるけど、根本的な解決にはならない。
毎日一緒にいれるような方法を見つけないと……。
天使と一緒に暮らす理由が必要だった。
例えば、天使の家に住んでる邪魔者を消す、とか。
ひとりぼっちになった天使に、僕達の家に住んでって言えばいい。
……でも、僕達にとっては邪魔者でも天使にとってはお父さんとお母さん。
僕達のお母さんが死んじゃった時みたいに、天使が悲しむのは嫌だ。
何か別の方法で邪魔者を遠ざけることはできないだろうか……そう考え、閃いた。
でもコレを実現するにはいろいろ準備が必要だ。
僕達はまだ中学生になったばっかりだし、やれることも限られる。
その準備をする間、お父さんという名の邪魔者をどうにかする計画を立てよう。
だってお父さんをどうにかしないと、天使が住む部屋がないからね。
少し困ったような顔をするお父さんに、僕達は満面の笑みで告げる。
「「海外に住みたい!」」
よし、あとは実が熟すのを待つだけ。
待つだけ、なんだけど……1つ。最近になって、僕達の習慣になりつつあるものがある。
僕達がもっと小さい頃、何度も天使に会いにいこうとしたけど、ことごとく阻まれた。
だけど段々父さんの仕事が忙しくなって、隙ができた。
少し遠かったけど、天使に会えるなら気にならない。
電車に何時間か揺られ、着いた先にいたのは、最初会った時と何ら変わらぬ笑みを浮かべる陽だまりのような彼女で。
あの頃より成長して大分大人っぽくなった天使は、僕達が今まで見たどんな女の子よりも綺麗だった。
嬉しくなって駆け寄ろうとした、その時。
「羅々〜待ってよ〜」
天使を呼ぶ別の声に足が止まる。
僕達以外に向けられる天使の笑顔。
心臓がギュッと握り潰されたような感覚に陥った。
片割れの方を見ると、苦しそうに眉を顰めてる。
今僕達が姿を現せば、僕達にも同じような笑顔を向けてくれるだろう。
だけどその日、僕達が天使の目に映ることはなかった。
本能的にわかったのかもしれない。
このままじゃ僕達の存在もその他大勢と同じになってしまう。
僕達にとって、既に天使は特別な存在だ。
でも、僕達は?
彼女にとって、僕達はどれだけの存在なんだろう。
年に1回会うだけの単なる親戚?
───そんなのは嫌だ。僕達だって彼女の特別になりたい。
でも、そうなるには彼女のことを知らなさすぎる。
年に1回の交流だけじゃ、彼女の趣味も、好きな食べ物も、好きなキャラクターだって把握できない。
人の好みは変わるものだ。
彼女が僕達の家へ来た時、僕達が特別な存在だって感じてほしい。
それに人間というものは共通点があった方が特別感を得られるでしょ?
その日から僕達は暇さえあれば天使の元へ足を運んだ。
彼女の趣味趣向を完璧に把握するため。
彼女が好んでるものは漏れなく全て好きになってしまうから不思議だ。
3年も見続けていれば彼女の生活リズムすら完璧に把握できるようになった。
そしてついに父の海外勤務が決まり、倒産させるための準備も整った。
「「羅々ちゃん、我が家へようこそ」」
天使が我が家へ来て様々な喜びを知った。
朝起きて、おはようを言える喜び。
登下校を共にできる喜び。
1日の始まりから終わりまでを見れる喜び。
彼女と生活してから、彼女が使用するもの全てに愛しさを抱くようになった。
彼女が触ったもの、口をつけたもの、愛用しているもの。
段々それらが欲しくなった。
でも、人の物を盗む行為はイケナイことだってわかってる。彼女が知ったら怖がってしまうかもしれない。
だから彼女にはバレないように、新しいものとすり替えよう。
片割れも同じことを思ったらしく、彼女の持ち物がどんどん新しくなっていく。
自分達を三つ子みたいだと嬉しそうに言ってくれる彼女が疑うことはそうないだろう。
まあ、もしバレても───もう逃がすつもりなんてないけど。
羅々ちゃんは僕達の天使だ。
天使がいなければ、僕達は感情の出し方すら忘れてしまう。
だから、これからはずーっと僕達の側にいてね?
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