■その名の由来
何が腹立つって、俺の今までの頑張りがまるっきり評価されていなかったってこと。
アイツの頭の中には初めからクロバしかいなかったってこと!
俺が初めてクロバを目撃してから1年だぜ?
てことは、俺がアイツ好きだって思ってから俺がやってきたこの1年間の行動が全く意味のないものだったってことだ!
「ふざけんじゃねーよ…」
「にゃー」
「…テメー人の頭踏んでんじゃねぇ」
「にゃ」
ペットは飼い主に似る。
俺じゃなくあおいのことを飼い主だと思い込んでるバカ猫イチは俺の頭の上に乗るのが日課になっていやがる。
オメーの飼い主は俺だっつーのっ!!!
「ふぁぁぁ…」
あまりにも頭に来ると人間は眠れなくなるらしい。
気晴らしに本でも…読めるわけもなく、ひっさしぶりにケースから出したバイオリンを明け方近くまで弾いていた。
ほんとはサッカーでもしたかったんだが、さすがに夜中の1時2時にボール蹴ってると不審者で通報されかねない。
こんな時完全防音の部屋がある家でよかったと思う。
「「…」」
日が昇ってもまだイライラが収まらない俺はいつもより早く家を出た。
…にも関わらずなんでいるんだ、この女。
早く出てきた意味がねぇじゃねーか。
行く方向も同じだし、そのまま無言で歩く。
…コイツ、クロバにメールしたんだろうか。
そりゃー、あれだけケータイ壊れたこと凹んでたし、したよな、きっと。
…したんだよな、メール。
あ、なんか凹んできた。
「待ってー!」
「「え?」」
「2人とも今日早いよ!どうしたの?」
「「…別に何も」」
言いかけた言葉がかぶったことであおいと顔を見合わせる。
けど、パッとお互い顔を背けた。
「…そ、そう言えばさ!昨日帰りに聞いたよー!弓道部またうちで練習試合するんだって?どこと?」
「…江古田中と」
蘭が明らかにしまった!って顔で俺を見てきた。
ああ、そうだ。
それが原因なんだよ!
「そ、そっかぁ…、江古田となんだぁ…」
「うん」
「…」
「…」
「…」
「が、学校行こうか…」
「うん」
「おー」
そのまま3人黙って学校まで歩いた。
その後もあおいと口を聞くことないまま時は流れる。
…出会った頃は俺より少しだけ低いくらいだったから、不貞腐れて俯いてる表情も良く見えたけど、20センチ近く身長が違う今は、俯かれると全く表情が見えなかった。
あれほど背高くなりてぇ、って。
そう思っていたのに、背高くなったことに対してこんなに不便さを感じるとは思わなかった。
「…ただいま」
「おっかえりなさーい!」
今日も1人の夕飯。
そう思って帰ってきたのに。
「…いきなり来るんじゃねぇよ」
「おや、我々がいては何か不味いことでもあるのかな?」
「…別にそんなんじゃねぇけど、」
「韓国にエステしに行った帰りにちょーっと新ちゃんとあおいちゃんの顔見て行こう、ってなったのよ!」
韓国行ったついでかよ…。
「で?で?あおいちゃんは!?」
「いねぇよっ…!」
「…新一、あおいちゃんに謝ってきなさい!」
「なんで俺が悪ぃって前提なんだよ!」
「新一が乙女心をわからないから問題なんでしょ!?」
「わかってねぇのはアイツだっ!!」
「ちょっと、優作も何か言ってやってっ!!」
「…久しぶりに帰って来て、我が家に住人が増えてるとは思わなかったな」
「「はあ?」」
母さんの怒りの矛先を華麗に避けた父さんに脱力した。
母さん言ってなかったのか…。
「なんだかあおいくんに似てると思わないかい?」
「ま、まぁ、私もこの前見た時にそれは思ったけど…」
「この子の名前は?」
「…イチ」
「そう言えばなんでこの子イチなの?」
「知らねぇよ!アイツがそう言ってただけだし…。拾い猫一匹目だからイチなんじゃねぇの?」
「ふぅん」
「…違うんじゃないか?」
「「え?」」
父さんがイチを抱き上げながら言った。
「違うって?優ちゃん何か思いあたるの?」
「俺は親バカだからね。イチと聞いたらそれしか浮かばない」
「だからなんだよ?」
「…イチは新一のイチじゃないかな?」
カァ、っと、全身が熱くなった気がした。
「そ、んな、わけ、ねぇよっ…!」
「そうなのかい?」
「んなこと、あるわけねぇ…」
アイツが、クロバクロバ言ってるあおいが、イチの名前を俺から取ったなんて、
「にゃー」
「…だから俺の頭に乗るんじゃねぇよっ!!」
父さんの腕からすり抜け俺の頭に飛びついてきたイチ。
相変わらず俺を主人だと思っていないバカ猫を抱えてリビングを出た。
「いやん!新ちゃん見た!?耳まで赤くしちゃってかっわいいんだからっ!!」
「あいつの思いが報われる日は来ると思うかい?」
「あら、それなら大丈夫よ!あおいちゃんも新ちゃんの色気にやられ始めてるから!」
「ほぅ…。君はそう読むか」
「ええ!同じ女の勘、てヤツね!」
「ふむ…。これからが楽しみだな」
俺が去ったリビングでそんな会話がされてたなんて知る由もなく、バカ猫に踏みつけられながらその日は眠りについた。
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bkm