キミのおこした奇跡side S


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10年後の異邦人


overture


「お前生きてたのか?」
「シャーッ!」
「じ、冗談だって!」


あれから10年経っているだけあり、イチも随分と年寄り猫になっていた。


「なぁ…」
「にゃー?」
「…オメーは知らねぇか?…アイツがどこにいるか…」


ほんとに、どこに行っちまっ


「にゃ」
「え?」
「にゃー」


抱き上げていた俺の手から飛び降りて、イチが玄関に向かう。
ドアから出る瞬間、俺の方を振り返った。


「…オメーもしかして、」
「にゃー」
「知ってんのか?アイツがどこにいるか」
「にゃっ」


まるでついてこいとでも言うように、イチが走り出す。
ドクン、ドクン、と心音が早くなるのがわかる。
それは走ってるせいじゃなく、きっと…。


「イチー?どこ行った?」


さっきまで目の前を走っていたイチの姿が見えなくなった。
…おいおい、ここまで来てそりゃねーよ!


「おい、イチ!どこい」


フッと耳に掠めたハミング。
違うかもしれない。
でも、そのハミングは、あおいが俺に初めてトランペットを吹いて聴かせた「シンフォニエッタ」そして、声のする方は…。
震えているのは、俺の心なのか、俺自身なのか。
1つ、大きく深呼吸して、その声の方へと歩いていった。


「♪〜、…誰?」


足音で気づいたらしいあおいが振り返る。


「コナンくん!…よくここがわかったね」


苦笑いするあおいの腕にはイチが抱かれていた。
…バーロォ。
だってここは…。
ここは俺とオメーが、そして捨てられていたイチが出逢った場所じゃねぇか…。


「どうしたの?こんな時間に」


俺の方を見るあおい。
10年。
そう言われれば、それだけの歳月が、経っているのかもしれない。
元々童顔だったあおいは、歳のわりには幼い顔立ちなのかもしれない。
それでも、見慣れない大人びたメイクに、見慣れない大人びた服装が似合う。
そんな年齢に、なっているように思えた。


「結婚、するって、聞いて…、『工藤新一』と…!あおい姉ちゃんは騙されてるんだ!ソイツは工藤新一なんかじゃない!」
「コナンくん?」
「俺が…、俺が本物の工藤新一だから!だからそんな得体の知れない奴と結婚すんなよっ!俺は…、…好きなんだよ!俺はオメーのことがっ!!」


それまで掛けていたメガネを外し、あおいと向き合った。
突然こんなこと言っても信じてもらえるわけがねぇ。
わかってるけど、もう、これしかないんだ…!


「信じられないかもしれねぇけど、俺が本物の工藤新一だ!…10年前、ある薬を飲んで体が縮んじまって…!でもわざと黙っていたわけじゃない!バレたらあおいだって」
「知ってたよ」
「危険な目に、て、えっ!?」


俺を見つめ返すあおいの目は、どこまでも穏やかだった。


「し、知ってた、って?」
「…コナンくんが工藤くんだ、って、知ってたよ」
「じ、じゃあプロポーズしてんのは」
「…怪盗キッド…」
「えっ!?」
「…いつ頃かは忘れたけど、工藤くんがいない時に知り合って、2人で会うようになって。…あの人が『工藤新一』の姿で1年前現れたのは、2人でゲームをしようって意味だったの…」
「ゲーム?」
「『期限以内に工藤新一が真実を打ち明けるか』を賭けたゲーム」


キッドが?
いや、蘭や園子を騙せるほどの変装が出来る奴なんてキッドしかいない。
だから予想は出来ていた。
でも、


−野良猫のままにしておくつもりなら、遠慮なく俺の宝石箱に入れさせてもらうぜ?−


まさかあの時の言葉を、こういう形で実行に移していたなんて…!


「そしてこうも言っていた。『この姿で現れたのなら、さすがに彼も、行動を起こすんじゃないか?』って」
「…お、れは…」
「…期限が来ても真実を語らなければ、『工藤新一』とお別れしてキッドの宝石箱に、…彼のためだけに輝くジュエルになること。それが1年前彼が、…ううん、私たちが始めたゲーム。…その期限が、今日だったの」


俺の知らない間に(記憶が飛んでるだけかもしれないが)こんなことになっていて。
そもそも、いつからだ?
いつからあおいは「俺」を、


「キッドにゲームは私の勝ちって、言わなきゃだね」
「あおい…」
「…ずっと、」
「え?」
「ずっと待ってたんだよ」
「あおい?」
「工藤くんが、本当のこと言ってくれる日を」


そう言うとイチを抱きしめながら、泣き出すあおい。
俺は…。
「俺」が良かれと思いやったことはあおいを傷つけ、蘭を傷つけた。
「俺」は、「俺」は…!


「あおい、俺、ぅぐっ!!」
「工藤くん!?」


し、心臓がっ…!
ヤバイ、意識が遠のく…!!


「あおいっ…」
「工藤くんしっかりしてっ!今誰か呼んで、」
「俺はっ!必ずっ、ぐっ!…何年かかっても、も、戻ってくるから!だからどこにも行くなっ!!」
「工藤くんっ…!!」


意識が飛ぶ直前に見えたのは、出逢った時と変わらない、あおいの漆黒の瞳だった。

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