キミのおこした奇跡side S


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世紀末の魔術師


蘭の涙


「もう!どうして引き留めてくれなかったのよ!コナンくん!!」


事務所に戻った蘭は、さっきまでの蘭ではなく、…元気が戻っていた。


「あっ、でも、新一兄ちゃん、また来るって、」
「いいわ! 今度会った時には」
「えっ!!?」
「こうしてやるんだから!!」


空中に投げたタオルを真っ二つに叩き落した蘭。
…元気戻りすぎじゃね?


「…コナンくん」
「うん?」
「…ごめんね、さっき…。変なこと聞いちゃって…」


事務所の入り口で、俺に背を向けそう話す蘭。
…。


「蘭姉ちゃんは、」
「うん?」
「蘭姉ちゃんは、…まだ好きなの?新一兄ちゃんのこと…」


「俺」と知らない蘭に、こういう聞き方をするのは卑怯なことだ。
でも、あの蘭を見たら…。


「私、初めてコナンくんと会った日に吹っ切れたって言わなかったっけ?」
「…でも…」
「なんて、…あんなこと聞いて信じられるわけ、ないよね?」


振り返り小さく笑う蘭に、どこか、苦しさを覚えた。


「新一が私の恋人になることはないと思う」
「…」
「それはわかりきってることだし、断言できる。…でも、」
「…でも?」
「だからって、嫌いになれるわけ、ないじゃない…」


今、俺の周りだけ、一気に酸素が薄れたような、そんな感覚に陥った。


「よく次の恋をしたら忘れる、なんて、雑誌に書いてあるけど」
「…」
「…意地悪でいつも自信たっぷりで推理オタクだけど、いざと言うとき頼りになって勇気があってカッコよくて!…いつもいつもあおいが困っているとすぐに助けてあげる…。…新一よりカッコいい人なんて、すぐに見つかるわけ、ないじゃない…」


はっ、はっ、と、呼吸が浅くなる。


「人は、好きな人と過ごした倍の時間を過ごさないと、その人を忘れられないんだって」
「…」
「16年、一緒に過ごしてきた新一を好きになったこと、忘れるなんて、できるわけ、ないよ…」
「…」
「…くれたら…」
「え?」
「…せめて新一とあおいが、ちゃんとつきあってくれたら…、私も前に、進めるのに…」


俺は本当に、自分のことしか考えていない男だ。
今あおいにコクる、コクらないってことに頭使うよりも先に今の俺に出来ることをしていくしかねぇって、そう決めたのは、ほんの1ヶ月前のこと。
その結果、蘭をこんなにも、苦しめていたなんて…。


「ごめんね」
「え?」
「コナンくんにこんなこと言っても、まだ難しいよね」
「…い、や…俺は…、」
「でも本当に良かった」
「…良かった、って?」


そう言って見上げた俺に、優しく、柔らかく、蘭は微笑んだ。


「コナンくんが新一じゃなくて、本当に良かった」
「…」
「もしアイツだったら、なんでも難しく考えちゃうところあるから、私のこんな話聞いたらきっともう、今までのような関係じゃいられないと思うし!」
「…」
「…あおいもきっと、私が新一を好きって、気づいてるんだと思う。…だから園子に新一の話をしないんだと思う。…『だから』私も、園子には言わない」
「え?」
「園子、悪いコじゃないんだけど、…なんて言うか寧ろ友達思いの良いコだから…。私がもし、新一を好きって言ったら、きっとあおいにも言って応援しよう!ってなると思う」
「…」
「でもそれは、あおいを追い詰めるだけだから…。それにそうなった後で園子があおいの気持ちに気づいたら、園子も悲しむことになる…。…だから、私は誰にも言わない…」
「…」
「コナンくん以外はね!」


そう言って笑う蘭。
蘭は強い。
強くて、…弱い。


「蘭姉ちゃん」
「うんー?」
「僕は新一兄ちゃんじゃないけど、」
「…」
「『僕』は蘭姉ちゃんのこと、好きだよ?」
「…コナンくん…」
「だから、」
「うん?」
「我慢しないで、泣いていいんだよ」
「…なに言ってるの、私泣かな、」


その後は、言葉にならなかった。
あの日、「俺」に「工藤新一」にフラれたんだと言った、あの日ですら、涙を見せなかった蘭。
その蘭が、ぽろぽろと、涙を流している。
泣き崩れて蹲る蘭が、さっき、空手の技を見せた人物とは思えないほど弱く、…とても小さく感じた。

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