キミのおこした奇跡side S


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世紀末の魔術師


助言と忠告


米花町の事務所に戻る頃には雨が降り初めて。
その雨は上がることなく、夜が更けるにつれ、本格化していった。


「おじさん、もう寝ちゃったよ?」


なかなか自宅へ戻ろうとしない蘭を事務所へ迎えに行くと、いつものオッチャンの席で鳩を抱いていた。


「疲れてたみたいだね…」
「うん。…仕方無いよ、大変だったもの」


俺と蘭はずっと昔、それこそ生まれた時から一緒にいるような、幼馴染だ。
蘭に何かあったのか、なんて、声を聞けばすぐわかる。


「蘭姉ちゃん?」
「ありがとう。お城でお父さんと、…あおいを助けてくれて…。あおいを守った時のコナンくん、カッコよかったよ。まるで新一みたいで!…ホントに…、新一みたいで…」


振り向いた蘭は涙を堪えながら、俺に疑惑と、戸惑いの目を向けていた。


「…ねぇ、正直に答えて」
「な、なにを…?」
「今、私と暮らしてるのは新一じゃ、ないよね?」


いつからだろう。


「私が園子にも、…あおいにも隠してる本音を話した人は、新一じゃ、ないよね?」


一体いつから蘭は俺=新一と確信めいた気持ちを持っていた?


「別人だよね?」


気づいてくれ。
でも、気づかないでくれ。
そう思ったのは間違いなく俺。
でもごめん…。
オメーじゃ、ねぇんだ…。


「ねぇ、コナンくん…」


蘭の性格はよく知っている。
俺があおいを好きだと知って。
あおいも俺を好きだと知ったなら、蘭は間違いなく、自分の思いを誰にも告げず、自分の中だけで、処理したはずだ。
…自分の思いを聞けばきっと、俺が、俺たちが困ると、思っているから。
その蘭の性格を良いように利用し、気づかないフリをしていたのは俺。
今にも零れ落ちようとする蘭の涙は、他の誰のせいでもない、俺が招いたこと。
…限界、だな…。


「あ、あのさ…、蘭…」
「…!」
「…実は、俺…。本当は…、」


途方もなく長いような、ほんの刹那だったような。
そんな沈黙を経て。
全てを話そう、そう思った時だった。


「新一…」


蘭は俺ではなく、事務所の入り口の方を見つめていた。
蘭の言動を不審に思い振り返るとそこには、俺が、「工藤新一」が立っていた。


「ホントに新一なの!?」
「あんだよ、その言い草は…!オメーが事件に巻き込まれたって言うから、様子を見に来てやったのによ!」


…んな、馬鹿な!
一体誰が「俺」の姿を、あ…!


「どうしてたのよ!私に、…ううん、あおいにも連絡してないんでしょ!?」
「悪ぃ悪ぃ!事件ばっかでさ…。今夜もまた直ぐに出掛けなきゃならねえんだ…」
「え!?…待ってて!今、拭くもの持って来るから!!」


そう言って蘭は自宅がある3階へ駆け上っていく。
その後ろ姿を見送った後、「新一」は事務所から出ていった。
それに続いて外へ出る。
外はまだ、雨が降り続いていた。


「待てよ、怪盗キッド。まんまと騙されたぜ。まさかあの白鳥刑事に化けて船に乗ってくるとはなぁ!」


ピーー、とキッドの指笛で事務所にいた鳩が飛んできた。


「お前、わかってたんだな。あの船の中で何か起きること」
「…確信はなかったけどな。一応、船の無線電話は盗聴させてもらってたぜ?」


だから「俺」の正体に気づいたわけ、か…。


「お前がエッグを盗もうとしたのは本来の持ち主である夏美さんに返すためだった。お前は、あのエッグを作ったのが香坂喜市さんで世紀末の魔術師と呼ばれていたことを知っていた。だから、あの予告状に使ったんだ」
「ほーぅ。他に何か気づいたことは?」
「夏美さんの曾おばあさんが、ニコライ皇帝の三女マリアだった、ってこと言ってんのか?」
「…」
「マリアの遺体は見つかっていない。それは、銃殺する前に喜市さんに助けられ日本に逃れたから。2人の間には愛が芽生え、赤ちゃんが生まれた。しかし、その直後彼女は亡くなった。喜市さんはロシアの革命軍からマリアの遺体を守るため、彼女が持ってきた宝石を売って城を建てた。だが、ロシア風の城ではなく、ドイツ風の城にしたのは彼女の母親であるアレクサンドラ皇后がドイツ人だから。こうして、マリアの遺体はエッグとともに秘密の地下室に埋葬された。そしてもう1個のエッグに城の手がかりを残した。子孫が見つけてくれることを願って、な」


…とまぁ、こう考えれば全ての謎は解ける。


「キミに1つ助言させてもらうぜ?世の中には謎のままにしといた方がいいこともある、ってな」
「…確かに、この謎は謎のままにしといた方がいいのかもしれねぇな…」
「…助言ついでに忠告もしておこう」
「忠告?」
「俺は盗むのが仕事の怪盗だ。どんなものでも、俺に盗めないものはない」
「…」
「キミの大事な大事なビッグジュエル、黒曜石の子猫ちゃん」
「黒曜石の、子猫?」
「野良猫のままにしておくつもりなら、遠慮なく俺の宝石箱に入れさせてもらうぜ?」
「え…」


そう言って「工藤新一」は、俺を見据え不敵に笑った。


「それじゃあ名探偵。別れの挨拶代わりにキミにもう1つ、謎をやろう。何故俺が工藤新一の姿でキミや今のキミの保護者の前に現れ、厄介な敵であるキミの正体がバレないよう助けたのか…わかるかな?」
「新一ー!」


蘭の声が響いたと同時に、パチン、と指を鳴らす音が聞こえた。


「え…!?」


無数の鳩と共に、「奴」は姿を消した。


−何故俺が工藤新一の姿でキミや今のキミの保護者の前に現れ、厄介な敵であるキミの正体がバレないよう助けたのか…わかるかな?−


…そんなの謎でもなんでもねぇだろ。
オメーの鳩を手当てしたお礼、だろ?
「俺」が消えたことで呆然とする蘭と共に、徐々に見えなくなる白い鳥たちの姿をいつまでも見送っていた。

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