■魔鏡
キッドが犯行を、…いや、狙撃された翌日、盗まれたエッグに傷が無いか調べるため、急遽展示を取りやめ、鈴木家の船で東京へ持ち帰る事になった。
「私の曾祖父は、喜市と言いまして、ファベルジェの工房で細工職人として働いていました」
そう言うのは昨夜美術館の前で鈴木会長に面会を求めていた女性−香坂夏美さん。
ファベルジェの工房で働いていた日本人のひ孫か…。
「現地でロシア人の女性と結婚して、革命の翌年に2人で日本へ帰り、曾祖母は女の赤ちゃんを産みました。ところが…、間もなく曾祖母は死亡、9年後、曾祖父も45歳の若さで亡くなったと聴いています」
「その赤ちゃんというのが、」
「私の祖母です。…祖父と両親は私が5歳の時に、交通事故で亡くなりまして…。私は祖母に育てられたんです」
「その大奥様も、先月亡くなられてしまいました…」
「私はパリで菓子職人として働いていたんですが、帰国して祖母の遺品を整理していましたら、曾祖父が書いたと思われる古い図面が出てきたんです」
夏美さんが取り出した図面を覗き込む。
「真ん中が破れてしまってるんですが…」
「…メモリーズ。確かにメモリーズ・エッグだ!しかし、これには宝石がついていたのに…」
「元々、宝石がついていたのに、取れちゃったんじゃないでしょうか?」
「取れちゃった」?
…ファベルジェの作品がそんな簡単に取れるものか?
「ねえ、もしかしたら、卵は2つあったんじゃない?」
「…え?」
「だってホラ、1つの卵にしては、輪郭が微妙に合わないじゃない!ホントはもっと大きな紙に2個描いてあったのが、真ん中の絵がごっそり無くなってるんだよ!」
「成る程…」
と、なると、問題はもう1つのエッグの行方。
しかし、何でメモリーズなんだ?
…ん!?
エッグの底に小さな鏡が…やべっ!!
「何をやっとるんだ、お前!」
「か、鏡がついてたけど、取れちゃった…」
「何ぃ!?」
ヤバイ、8億がっ…!!
「あ、大丈夫!あの鏡、簡単に外れるようになってんの!どうやら後から嵌め込んだみたいなの」
…「簡単に外れるように後から嵌めこんだ」?
…ん?
なんだ?何か映ってるぞ…。
これは…、もしかして!!
「西野さん! 明かりを消して!!」
「え?あ、ああ」
俺の声に西野さんが部屋の明かりを消す。
鏡にライトを当て、反射させた映像を壁に映す。
そこには、日本のものとは思えない、とても立派な城の絵が映し出されていた。
「どうして絵が…?」
「…魔鏡だよ」
「魔鏡?」
「聴いた事があるわ!鏡を神体化する日本と中国にあったと…」
「そう、鏡に特殊な細工がしてあってな、日本では隠れキリシタンが鏡に映し出された十字架を密かに祈っていたと言われている…」
「沢部さん、このお城…」
鏡の映像を見ながら、夏美さんが何かに気づいたようだった。
「はい。横須賀のお城に間違いありません」
「え!?横須賀のお城って、あのCM撮影とかによく使われる?」
「はい。元々曾祖父が建てたもので、祖母がずっと管理してたんです」
「じゃあ、あれは香坂家のお城だったんだ!」
「夏美さん…。2つのエッグは、あなたのひいおじいさんが、作ったものじゃないでしょうか?」
そう、考えるのが妥当だな。
そして今は手元にない2つ目のエッグは恐らく、
「この2個目のエッグについていた宝石のいくつかを売って、横須賀に城を建て、このエッグを城の何処かに隠したんです。そして城に隠したというメッセージを魔鏡の形で別のエッグに残したんですよ!」
そういうことになるだろうな。
「あの、実は…、図面と一緒にこの古い鍵もあったんですが、これも何か…?」
「それこそ、2個目のエッグが隠してある所の鍵に違いありません!!」
「宝石のついた幻のエッグ……」
「もしそれが見つかったら10億…、いや15億以上の値打ちがあるぜ」
…だからキッドが狙ったのか?
いや…、それにしても…。
「毛利さん、東京へ戻ったら一緒にお城へ行って頂けませんか?」
「良いですとも!」
「私も同行させてください!!」
「俺もだ!!」
「頼む! ビデオに撮らせてくれ!!」
「私も是非!!」
「はい! 一緒に行きましょう!!」
おいおい…。
目の色変わったぜ、この人たち。
…このメンバーでエッグ探し、か…。
キッド狙撃の真相もわかんねぇし、このまま何もなければいいんだが…。
それは言うなれば探偵の感。
心がざわつく、嵐の前の静けさ。
その思いを心に仕舞い、あてがわれた個室に向かった。
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bkm