■time after time
偶然とは言え抱きしめたあおいは相変わらず小さい体で。
久しぶりに「俺」の顔を見上げる瞳は以前のまま、夜の闇よりも濃い漆黒の瞳をしていた。
「工藤、くん…」
抱きしめていた手を離したことで、俺から離れるあおいから淡い、桜の香がした。
「オメー、香水でも使ってんのか?」
…「俺」がいた時にはそんな匂いさせてなかったくせに!
「俺」がいねぇ時に勝手に
「色気づいてんじゃねーよ」
汗ばむ体と激しくなる動悸が「その時」が近いことを知らせている。
…くそっ!
せっかく「工藤新一」の体であおいに会うことが出来たってのに!!
言いてぇことも、聞きてぇことも、あるってのにっ…!!
もう、時間がねぇ…!!
「す、すごい汗!とにかくここで少し休もう!?」
そう言いながらハンカチを取り出し俺の汗を拭こうとしたあおいの手を止める。
「…オ、オメーに、」
「うん?」
「言っとくことが、あって、」
−和葉が言うとったで?『工藤くんあおいちゃんのこと好きとちゃうの?なんで他の女に合鍵渡しとるん!?誰でもええとでも思てるわけ!?』って−
「誰でもいいわけじゃ、ねぇからな?」
−工藤くんはどうせ私が好きなわけじゃないんだし−
「俺、はっ…、誰でもいいから、キスするようなっ、…男じゃねぇからな…っ!…っう!!」
「工藤くん!」
あれは都合のいい空耳だったかもしれない。
…でも、何度も思った。
もし「あの時」この姿の「俺」が行動より先に言葉を口にしてたら。
あの言葉が聞こえてくることはなかったんじゃねぇか?
「オ、オメーだからっ」
「え?」
「…ハァ、ハァ……俺は、オメーだからしたんだからなっ」
−必要なことは言ってあげたかい?その彼女に君が好きだって言ってあげたいかい?−
「俺はっ!」
何度も強く願ったんだ。
もう一度「工藤新一」の姿でコイツの前に立てたらその時は、って。
…だからもう少しもってくれ!
俺の体っ!!!
「オメーのことっ…っぐ…あぁぁ!」
「工藤くんっ!!」
…っくしょーっ!!
一言だっ!!
たった一言でいいっ!
「俺」の口からっ…!
「と、とりあえず工藤くんはここにいてっ!私誰か呼んで来」
そこまで言いかけたあおいが、突然俺の方に倒れこんで来た。
「…47分23秒」
は、灰原っ…!?
「やっぱり予定よりも早かったわね。予備の麻酔銃、持っていて正解だったわ」
コ、コイツ、なんでっ…!?
「あら意外?あなたに謎の死を遂げられては困るのよ。『江戸川コナン』であれ『工藤新一』であれ、今のあなたを司法解剖でもされたら面倒なことになるから」
俺の方に倒れこんだあおいを支えつつ地面に膝をついた。
もう声すら出ねぇ…!
「あなたのことだからボロボロの体でも無茶するのが目に見えてたし。だから彼女に協力してもらったの。どちらの『あなた』だったとしても、彼女が止めれば、ある程度の抑制にはなるでしょう?」
…テメー、あおいを巻き込むんじゃねーよっ…!
「はい、これあなたの着替え。…あの子病室から逃げ出しちゃったから1つ貸しが減ったけど、これでまた貸し2つよ」
閉じかけた瞳の端で、灰原が口角をあげ笑っているのが見えた。
またこの姿で会えたなら…。
何度も強く願ったことは、虚しいただの願いとして空に消えていく。
腕の中の淡い桜の香りがこの時間の終わりを告げた。
「おやすみ、工藤くん」
季節外れの桜吹雪が吹き抜けた中、灰原の言葉を最後に、俺の意識が途絶えた。
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bkm