■月明かりの下で
「あんたが工藤くん…?」
驚きの声色で俺の名を呼ぶ和葉を立ち上がらせ、西条ともう1度向き直る。
「クソッ!騙しおったな!!」
…ちっ!
こう人数が多くちゃ…!
キィィン
投げた木刀が西条の真剣に当たり独特の音を立てる。
その隙をついて逃げ場を作るも所詮付け焼刃。
…なんとか彼女だけでも逃がしてぇけど、体が思うように動かねぇっ…!
ドクン
「うぐっ…!」
やべぇ…!
もう白乾児の効き目が切れて…!!
その瞬間、襲い掛かってきた西条の弟子の1人が俺の眉間に向けて一直線に真剣を振り下ろしてきた。
やられるっ…!!!
目も瞑ることも許されない一瞬の出来事。
「探偵やらしたら天下一品やけど、」
斬りつけられたと思った刀は、俺に触れることなく寸止めされて。
「侍としては…、イマイチやな?」
「服部…!?」
コイツ、何やってんだよっ…!!
オメーは絶対安静のはずだろーがっ!!
「待たしたな!和葉!」
「な、何が待たしたなや!どアホ!!今まで何しとったん!?」
でも、これが逆の立場で。
人質があおいだったなら。
俺も、同じことをしたんじゃねーかって、服部に駆け寄る和葉と、和葉の後ろ手に縛られたロープを切る服部を見ながらそう思った。
その次の瞬間、西条の弟子達が襲い掛かってきた。
「コラ工藤!!」
敵をいなしながら俺に話しかける服部。
…誰が絶対安静だって?
「よぉも俺の服パクりよったな!?」
すげぇ…!
西条の弟子を楽にいなしていってる!
「それに何塗ったんかは知らんけどなぁ、俺は此処まで色黒ないぞぉ!?」
…そうかぁ?
「まあ、えぇ! ここは俺が引き受ける!お前は早よ行け!!」
そして和葉には聞こえないように軽く振り返り小声で言う。
「小っさなるまでどっかに隠れとけ!元に戻ったら帰って来い!!」
…ああ、そうさせてもらうぜ!
「待たんかいっ!オマエらの相手は俺じゃ!!」
服部がひきつけてくれている間に、寺院の門をくぐり抜け一気に階段を駆け下りた。
…くそっ!!
−ほんとに数時間…いえ、1時間もないかもしれない。そう思って行動しなさい−
まだ30分くらいしか経ってねーじゃねぇかっ…!!
とりあえずこの林の中で身を潜め、て、こっちからも誰か近づいて
「っ!?」
玉龍寺まで続く山道を駆け上がる音に注視していると、そこにはよく見知った人物、
「あのバカッ…!!」
なんだってこんなところに来んだよっ!!
「オイ、おったか!?」
「まだや!!」
「そっちも探せっ!!」
その時あおいもそのただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、木の陰に身を潜めた。
今だ…!
グイッ、と、右手であおいの口を抑えながら、左手で体を抱き寄せた。
「っ!?」
「しっ!静かに…」
あおいは体を押さえ込まれたことでハッと息を漏らしたのを手のひらに感じた。
「じっとしてろ」
ドクンドクンと脈打つのは、また幼児化してしまう前触れからなのか、それとも別の何かなのか…。
自分でもはっきりとわかる鼓動にゆっくりと静かに息を吐いた。
そして近くまで来ていた追っ手が、別の場所に移動していったのを見届け、あおいの口を塞いでいた手をゆっくりと離した。
「よぉ、あおい。久しぶりだな」
雲の切れ間から顔を出した月は、「本当の俺」の姿で逢いたいと思っていた人の顔を淡く照らし出した。
「…工藤、くん…」
驚き?
いや…。
何とも言えない、今にも泣き出しそうな顔。
−わ、私帰るっ!!−
「江戸川コナン」が生まれる前日のあの日以来「工藤新一」として、数週間ぶりにあおいの前に立った。
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bkm