■都合のいい空耳
「お姉さんて、…もしかして、新一兄ちゃんのこと、好き、なの?」
どくん、どくん、どくん。
心音だけが響いてる気がした。
じーーーーっと見つめる先のあおいは、いつもと変わらない漆黒の瞳で俺を見ていて。
この瞳に、俺は映っているのかいないのか。
一瞬の、長い長い沈黙が続いた。
「す、好きじゃないよっ!!」
ま、世の中そんなもんだよな…。
期待してたわけじゃない。
いや、してなかったわけでもないけど。
でも本人の口からはっきり聞くとやっぱ応えるよな…。
あおいに背を向けると、うちの出窓にイチがいるのが見えた。
「…」
「え?」
今耳を掠めた言葉は幻聴か?
そう思ってもう1度あおいを見た。
ら、
「イチ!!」
「え?」
「た、大変っ!!イチ閉じ込められてるっ!!」
ああ…。
そのことか。
「ど、どうしよう、イチ寂しがって」
「大丈夫だよ!」
「え?」
「あの黒猫のことでしょ?なら大丈夫だよ!蘭姉ちゃんに合鍵渡して世話頼んだって、新一兄ちゃん言ってたし!」
「………え?」
「え?」
あおいの瞳が、揺れた気がした。
「蘭が、世話してるの?」
「え?あ、うん。今まだ新一兄ちゃんの家にいるけど、いろいろ不便だし、もしかしたら探偵事務所で一時的に引きとるかもって」
な、んだ…?
一瞬、なんか、なんか…?
「お姉さんがイチに会いたいなら、新一兄ちゃんも」
「…私帰る」
「え?ど、どうしたの!?」
「宿題思い出したから帰るの!博士によろしく」
「あ、おいっ!!あおい!!!」
あっ!と言う間に駆け出していくあおい。
…なんだぁ?
さっき、一瞬、なんて表現していーのかわかんねぇ表情をした…。
あれはどう言ったら
−胸が締め付けられるって言えばいいのかな?それくらい悲しそうな顔してて−
悲しい?
そう、言われればそうとも取れる表情。
でもなんで?
−あおいも新一が好きだと思うんだ−
いや、ソレはねーって!
だって俺今さっき好きじゃねーって言われたばっかだし!
…いや、でもさっきアイツ、
−工藤くんはどうせ私が好きなわけじゃないんだし−
小声で言ったあの言葉の意味は?
「…あーーー!!もうわっかんねーんだよっ!!なんなんだよ、いつもいつもっ!!」
「…どうしたんじゃ?」
「は、博士っ!いつの間に帰ってきたんだよ!?」
「今さっきじゃが…。それよりあおいくんは?」
「…宿題あっから帰るって出てったぜ?」
思わず漏れた本音をタイミングよく聞いていた博士に思いっきり白い目で見られた。
…叫びたくもなるっつーの!
「…何だコレ?」
「君のこれからの事件には必要不可欠になるじゃろうと思っての言わば探偵7つ道具じゃ!」
「7つ道具って…」
博士の説明によると、蝶ネクタイ型変声機に時計型麻酔銃と犯人追跡メガネを渡された。
「…7つねぇけど」
「これから増えるんじゃよ!あとはキック力増強シューズ、伸縮サスペンダーとターボエンジンつきスケートボード、どこでもボール射出ベルトを作る予定じゃ!」
あ、ぴったり7つだ。
「俺変声機だけで良かったんだけど」
「ダメじゃダメじゃ!どうせ新一のこと。毛利くんにくっついて事件に首突っ込むに決まっとる!これくらいないと今度は縮むだけじゃ済まんぞ!!」
…ははっ。
否定できねぇ…。
「そうじゃ、新一明日から帝丹小学校に行くことになったからな」
「………明日ーー!?」
「ほれ、ついでにコレも買ってきてやったぞ!」
「…ランドセルかよ…」
なんかフツーに泣けてくんだけど…。
あおいに好きじゃねぇって言われた日にランドセルもらって翌日から小学生?
俺の人生どーなってんだ…。
−好きじゃないよっ!!−
…どーにもなってねぇんだよな、きっと。
さっきのアレも、俺の都合の良い聞き間違いだろうし。
あおいは俺を好きじゃなく。
俺はチビのガキになったまま蘭の家に居候してて。
蘭はそうとは知らずコナンの俺となんら変わんねぇ日常を送っていて。
「めんどくせぇなぁ…」
「コナンくん!そういうこと言うものじゃないですよ!せっかく小林先生が作ってくれたプリントなんです!」
「そうだよ、コナンくん!みんな一緒に宿題して早く遊ぼう!」
「今日はヤイバーごっこしようぜ!」
ぶっちゃけこっちもめんどくせぇんだが…。
博士に言われて帝丹小に通い出したはいいが、変なガキ3人に懐かれて高校生の俺が少年探偵団とか笑っちまうぜ。
「おい、元太!人の覗くんじゃねーよ!」
「コナン、お前やってねぇじゃねぇか!さてはお前算数できねぇな?俺と一緒だぜ!」
オメーと一緒にすんじゃねーよ…。
俺は今考え事してんだから!!
…博士の作った変声機でさっそくあおいにかけたけどアイツ電話にでねぇし!
まぁ…公衆電話からかけてっから怪しんででねぇのかもしんねぇけど…。
それにしたって3日続けて公衆電話からかかってんだから出ろってんだよ!
フツーは知り合いかもしんねぇって思うだろーがっ!!
「ほら、コナンくん!あとは君だけですよ!」
「へ?」
「プリント終わってないのコナンくんだけだよ!わからないところは歩美が教えてあげる!」
「いや…」
「オメーが終わんねぇとヤイバーごっこできねぇだろ!お前1番遅いからヤイバーはやらせねぇからな!」
むしろヤイバーごっこ自体しねぇよ!
しまっていたケータイを見る。
昨日博士と2人で新しく買いにいったケータイ。
蘭やオッチャンがいて昨日は電話できなかったけど、今日こそは。
そう思ってもう1度ため息を吐きながら、新しい同級生の「ヤイバーごっこ」につきあわされた。
…ぜってぇ元の体に戻ってやるっ!!!
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bkm