■覚悟
蘭ちゃん、園子ちゃんと話してから1人考えた。
俺にとっての普通と、あおいちゃんにとっての普通は違っていて。
俺が工藤新一に思うことを、あおいちゃんが青子に対して思うんだとしたら、そりゃあ揉めるし行き違うわけだよなー、と。
蘭ちゃんが言っていた「なんでも話せるし、何も話さなくてもわかる相手」ってのがまさに青子なわけで。
それがもうずっと当たり前にそこにいたから、「幼馴染」ってカテゴリの赤の他人というより「血の繋がりのない兄弟」ってのが1番しっくりくる関係で。
でもそれはあおいちゃんがしきりに工藤新一との関係性を表す時に使っていた表現なわけで。
そりゃ俺だけ工藤新一のことギャーギャー言ってたらキレるわなー…。
「出るわけねーか…」
あおいちゃんに何度目かの電話をかけるものの繋がるわけもなく。
明日もう1度米花町に行こうと思ってその日は寝ることにした。
翌日。
やっぱり電話は繋がらないままだけど、もう1度あおいちゃんのマンションにやってきた。
ピンポーン
出てもらえなかったらどーすっかなーと思った時、ガチャと機械の向こう側で動く音が聞こえた。
「あおいちゃん?」
「…」
スピーカーからは何も返事がない。
でもこうして出てもらっただけ進展はある。
「あおいちゃん。ちゃんと会って話しがしたいから、開けてくんねーかな?」
少しの沈黙の後、エントランスのドアが開錠された音が響いた。
あおいちゃんの部屋の前でもう1度チャイムを鳴らすと、しばらくして玄関ドアが開かれた。
「ありがとな、開けてくれて」
「…ん」
フードつきパーカーのフードを被り俯いているあおいちゃんの顔はよく見えない。
「お、プリン食べてたの?」
「昨日買ったけどそのままにしてたから」
テーブルの上にはプリンが1つと、レジ袋に入ったペットボトルが1つ置かれていた。
「他にご飯は?」
「あんまり食べたい感じしないし」
つまりそれは、これ以外食べてないってことなわけで…。
「ごめんな、俺のせいで」
俺が思ってた以上に、あおいちゃんは傷ついていたようだ。
「俺、幼馴染がいて当たり前だったから、あおいちゃんの気持ちに気づかなかった。ほんとごめん」
頭を撫で始めたら、ソファの上で膝を抱えて、小さい身体をさらに小さく丸めたあおいちゃん。
「私、も、」
「うん?」
「ワガママでごめんね」
くぐもって聞き取りにくい声でも、はっきりとそう言った。
「ぜーんぜん!あおいちゃんのはワガママのうちにも入んねーよ!」
むしろワガママだったのは俺の方なわけで。
自分には青子っていう存在が「いて当たり前」だったのに、あおいちゃんにはそういう存在がいることが許せねぇとか、どう考えても俺に非がある。
「ほんとにごめん」
「だから大丈夫だって言って」
「でも、あの子は、ちょっとやだ」
園子ちゃんが昨日言っていた。
あおいちゃんはあまり愚痴らないと。
俺もそう思うし、そこもこの子の良いところだと思う。
…でもそういう子がはっきりと言った。
「青子のことが嫌だ」と。
まぁ…、そうだよな。
俺が工藤新一に思う感情と同じものなら、そりゃ気に食わねぇよ。
それは出来ればもう、関わることをやめてほしいってくらいに…。
「ごめんね、快斗くんの幼馴染なのに、でもっ」
「もういいよ。言わなくて、いいよ」
泣きながらも俺に伝えてこようとするあおいちゃんの身体を、初めて抱きしめた。
そりゃあお姫様抱っことか、したことはあったけど。
でもこうやって抱きしめたのは初めてだった。
「大丈夫。もう十分伝わったから。あおいちゃんが謝ることなんかねーよ」
やっぱ小せえぇなー、とか。
だから俺がこの子を守ってやらないと、とか。
ごめんね、と呟きながら泣くあおいちゃんに、そんなこと思った気がする。
「青子とはさ、もう遊んだりしねーから」
泣き止んだあおいちゃんに、そう言った。
「けどまぁ、家が隣で学校も同じだから全く関わらないってわけにはいかねぇけど、」
「ちっ、違うよ!」
「え?」
「そうじゃないの。そういうことじゃ、ないよ…」
俺の言葉を聞いてあおいちゃんがまた泣きそうな顔をした。
「幼馴染なんでしょ?別に今まで通りでいいよ。そうじゃないの」
「…でも俺は、」
「今まで通り、中森さんと過ごしていいし、そうしてほしい、し、」
そこまで言って、今日初めて、あおいちゃんは俺の顔を見てきた。
「ただ私は、…話しは、聞きたくない、かな、って」
けど、それも一瞬で、すぐに俯く。
「快斗くんは、中森さんといるときっと私を忘れちゃうんだよ」
「俺はそんなこと」
ない、と言い切れなかったのはあおいちゃんの目が悲しそうに俺を責めていたから。
「だから私は、もう中森さんに会わなくてもいい、し、快斗くんが会ってるところも見たくない、し、」
昨日の園子ちゃんが言っていた「どーにかするのが俺の仕事」って言葉を思い出していた。
「…ごめんね、快斗くんの幼馴染なのにこんなこと言って、」
また俺に謝ってくるあおいちゃん。
それこそ「そーじゃない」と言いたかったけど。
「わかった。もう青子の話はしねーよ」
これ以上泣かせたくなくて、あおいちゃんが望む答えを返していた。
「あおいちゃん、ちゃんと寝てねーだろ?目の下クマができてる」
「…だって、寝る気も起きなかったし、」
「寝不足はお肌の大敵だってお袋が叫んでたぜー?俺が添い寝してやろうか?」
軽口を叩いたつもりでも、
「ほんと?」
寝不足で深く考えられないのであろうあおいちゃんはいつも以上に素直に言葉通り受け止めていた。
「このソファに2人寝れるかな?私はこのソファでも大丈夫だけど、快斗くん寝にくくない?」
「え?は?ちょ、ちょっと待ってソファで?寝るの?俺たち?」
「え?だって添い寝、って、」
「あ、あぁ、うん。そう言ったな。それは、うん。俺が言ったんだけど、」
「ちょっと横になってみて、」
「え、ええー」
全く覚悟のないことは口にするものではない。
馬鹿みてぇに心臓バクバクいってる俺の隣で、安心しきったような顔で寝てるあおいちゃんに対して身じろぎどころか指一本も動かすことが出来ずにいた俺は、今日の教訓としてその言葉を心に刻んだ。
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bkm