■「トクベツ」
俺はいったい何に腹を立ててるのか。
あおいちゃんが嘘を吐いていたから?
いや、あの子は嘘を吐いてなんかいない。
言葉の裏を勝手に読んだ気でいて思い込んだのは俺だ。
あの男のことを隠されているように感じたから?
でも元々「保護者のような友人」として話していた以上、あの子は隠そうとしていたわけじゃない。
明からさまに向けられた、殺気と呼ばれるようなあの視線に対して?
確かにあれは不愉快だったが、目を逸らすほどのものでもなかった。
なら俺は…。
「は、はい、」
「あおいちゃん、今大丈夫?」
帰宅後、風呂に入って頭から水を浴びて1度頭を冷やしてからあおいちゃんに電話した。
「あ、う、うん!ちょうどお風呂も終わったところだから」
「それで今日いた奴、誰?」
自分で言って驚いた。
頭から水浴びたのに全く冷えていない。
「か、彼はですね、工藤新一くんと言って、近所に住んでるクラスメートで、」
「あおいちゃん」
「う、うん?」
「そういうこと聞いてない」
「あ、うん…」
この子はこういう子だ。
今さらはぐらかそうとしてるわけでもないだろう。
でも今はそこに少し苛立ちを覚えた。
「新一くんは、」
「え?」
あおいちゃんはアイツのことを「新一くん」と呼んだ。
学校で会った時は確か「工藤くん」て言ってなかったか?
…あんにゃろー、この短時間で牽制兼ねて呼び名変えさせやがったな?
「いや、続けて」
「う、うん…。新一くんは、私が米花町に来た日に出逢った人で、」
そこからあおいちゃんは「工藤新一」の話しをした。
今から約2年前、1人で米花町に来たこと。
その時困っていたあおいちゃんに1番最初に手を差し伸べたのがアイツだってこと。
直ぐに打ち解けたこと。
家の事情を話したからか、それからずっと、アイツの親も含めて、目をかけてくれること。
…そこにとても、感謝していること。
「だから友達、っていうよりも…家族、みたいな感じで、」
口篭もりながら言うあおいちゃん。
それは俺に対して悪いとでも思っているからか?
「家族、ね」
「そ、そうなの!だから保護者って言い方して、」
少なくともアイツはカケラもそんな風に思っちゃいない。
「それであおいちゃんは、好きなの?ソイツのこと」
「…………………えっ!?え?いや、だから今私、家族って、」
「うん。それは聞いた。でも本当に家族なわけじゃねぇじゃん。好きなの?ソイツのこと、男として」
話していて気がついた、苛立ちの理由。
それはきっと、俺が工藤新一に、あおいちゃんがこっちに来て1番最初に手を差し伸べた人間にはなれないから。
それはつまり、工藤新一との間に築いた物を、俺が横から掻っ攫えるわけではないということで。
「ちっ!違うよっ!?そりゃあ良くしてくれるし、友達としては好きだけど、別にそういう意味で好きなんてこと絶対ないから!」
「あおいちゃん」
「なに!?」
「この世に絶対なんて言葉、それこそ絶対にないんだぜ?」
あのヤローの顔が脳裏に浮かぶ。
小賢しい、人の裏まで見ようとするようなあの視線。
そんな男があの子の側にいることが許せなかった。
…「許せない」?
あぁ、そうか、って。
ここにきてようやく気がついた。
…いや、認めた、が、正しいのか?
俺の中であの子はとっくに「トクベツ」になっていたんだ。
「まぁ、これ以上アドバンテージやるつもりはねぇからいいけど」
ただでさえ距離のアドバンテージはアイツにあって。
その他にも出逢い、今の信頼度、知名度、親との関係性諸々今の俺は負けている。
「俺さー、今年本気で全中優勝目指すわ」
けどな、負けっぱなしは性に合わねーから。
「応援してくれるでしょ?」
「そ、それはもちろん!」
「今年どこだっけ?岐阜だったかな?」
「…いや、わっかんない、けど、」
「一緒に行けるといいね」
「えっ!?いや、うん、まぁ、えっ?」
俺がアイツに勝っていること。
それは今のこういう時間を確保できるだけの親密さ。
…お袋が言ってた「あんた苦労するわよ」って言葉、こんなに早く身にしみて感じるなんて思いもしなかったけど。
「あっれ?快斗今日早いねー!おはよー」
けどまぁ俺は、苦労というよりも、好敵手がいた方が燃えるタイプだ。
「あー、青子。オメーの勝ちだわ」
「え?なに?青子なんか勝負してたっけ?」
「…オメーが言う通り、出来ちまったよ『トクベツ』が」
その言葉に青子は珍しく俺を茶化すわけでもなく、
「青子、快斗限定の預言者になろうかなー」
「言ってろ」
「素直に認めた快斗に帰りにアイスでも奢ってあげよーか?」
「チョコアイスな」
「きっと今日のアイスは美味しいよ!」
ヒヒッと良い笑顔で笑っていた。
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bkm