■本音
「あおいちゃん、起きてるかー?」
それからどのくらい経ったのか、快斗くんが呼びに来た。
部屋にはすごく甘い匂いが漂っていた。
「ど?食べれそ?」
「…うん」
どんな顔で快斗くんと顔合わせればなんて考えてたのは私だけみたいで。
快斗くん、女の子をお姫様抱っこしても普通なんだー、って。
ちょっとモヤッてしたところでそれを感じ取ったかのように、
「また連れてってやろうか?」
ニヤッと笑って、両手で抱っこしてるような仕草をしながら言ってきた。
「じっ!…ぶん、で、いける、し、」
そう?と、壁に立てかけていた松葉杖を渡された。
…なんか今日の快斗くんはいじわるな気がする!
「んじゃまぁ、ハッピーバレンタイン、ってことで!食べて食べて」
快斗くんが初めて作ったって言うフォンダンショコラはそりゃあもうとろける美味しさで、本当に初めて作ったのか怪しいと思った。
「嘘じゃねーって!だってやっぱり甘いスイーツは自分で作るより誰かに作ってもらいてぇじゃん?」
あー、だから私が今年手作りの予定だって言った時喜んだんだ…。
…それって作ってくれるなら誰でもいいってことじゃないの?
何それ地味にショック!
「どうした?」
ん?て感じに聞いてくる快斗くんは、今日も爽やかマイナスイオンを出してる。
…とは思うけど、今の私の気分的にそれほんとにマイナスイオン?て疑ってしまう。
「快斗くんは、」
「うん?」
「バレンタインにここにいていいの?」
昨日は怪我して、痛みもあった。
…工藤くんのこともちゃんと考えなきゃいけないし。
夜中に快斗くんと電話してちょっと寝不足だったのに、なんか今日の快斗くんはちょっといじわるで。
何それなんで、みたいな思いがちょっと尖った言葉になっていた。
「それは俺がいない方がいいってこと?」
「そっ!…んなこと、言ってない、し、」
私の言葉に快斗くんがフッと笑ったのがわかった。
「ここに来る以外で、チョコほしいって思う子いねーから来たんだけど?…まー、今年はバレンタインには貰えなそうだけどな」
顎に手を当てて天井の方に視線をやりながら快斗くんは言う。
「今日の快斗くん、ちょっと違う」
「そ?どー違う?」
「…いじわる」
私の言葉に、
「ふはっ!」
快斗くんは噴き出した。
「おーおー、じゃあ今日の俺がいじわるだったとして?あおいちゃんはどーすんの?」
「え?」
「俺を追い出す?」
「そ、んな、ことは、」
別に今日の快斗くんがどこかいじわるだったとして。
でもフォンダンショコラわざわざ作りに来てくれたのは事実なわけで。
じゃあ追い出すかってなってもそれは違って。
「んじゃあ、問題ねーじゃん」
そりゃそうなんだけどさ。
「何?不満?」
不満とか、そーいうのじゃないよ。
だってわざわざ江古田から来てくれたのに不満なんてそんな。
「それって俺が米花町の人間だったら不満だったってこと?」
そーいうことじゃないじゃん。
なんでそんなこと言うの?
「んー…なんとなく?」
何それ、特に意味なくそんなこと聞いてるってこと?
酷くない!?
「じゃああおいちゃんは俺に、どーしてほしいの?」
私は昨日からいっぱいいっぱいで。
足も痛いし、寝不足で頭も痛いし!
…何より工藤くんや、快斗くんに対して申し訳ないのに、どうしていいかわからなくて。
でも2人から嫌われたくなくて。
何より、1人になりたくなくて…。
「…側に、いてほしい…」
「おー、いいぜ。今日はあおいちゃんがもう帰ってくれって言うまでいてやる」
後になって、快斗くんはわざといじわるしてたんだ、って。
自分にどうしてほしいのか、私の意見を聞き出すために、わざとそうしてたんだ、って気がついた。
ちょっと考えればわかったのかもしれないけど、この時の私は自分にいっぱいいっぱいで。
快斗くんがいつものように頭を撫でてくれる手が、いじわるなんかじゃなく、いつもの快斗くんの手だったから
安心してしまって、ホロリと涙が出てきた。
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bkm