■泣き虫バトンタッチ
「へ、へくちっ!」
どこかのビルの屋上で感極まって快斗くんに抱きついていたら、ブルッと寒さに襲われくしゃみが出てしまった。
ハッとした快斗くんが、着てたコートをサッと私の肩にかけてくれた。
「あ、ありがと」
「寒ぃよな?あおいちゃんが着てるそれ、確かベルツリー号で着てた奴だろ?」
「え?あ、うん、たぶん?」
「秋服ならそりゃあ寒ぃって!今1月だし!」
快斗くんがファサッてかけてくれたコートから快斗くんの匂いがするー、なんて思っていた私は、一瞬脳が理解するのが遅れた。
「いちがつ!?」
「そ!今日1月13日ね…へっ、へっ、へっくしょーん!!寒っ!!!」
私にコートをかけてくれたから、快斗くんは必然的に薄着になって、おっきいくしゃみをした。
快斗くんは寒がりだから、これは大変だとコートを返そうとした。
「このビルの中に借りてる部屋あるから、とりあえずそこ行こうぜ」
ブルッと震えながら言う快斗くんの腰に、寒くないように抱きつきながら部屋に向かった。
向かう途中でここが米花町と江古田の中間地点にある場所の、普通のビルの屋上だって教えてもらった。
はっきり言わなかったけど、きっと隠れ家的なあれだと思った。
「どーぞ」
「お、おじゃましまーす…」
鍵を開け、中に入るように促された私は、キョロキョロしながら室内に足を踏み入れた。
通ってきた階段とか、廊下とか。
私が以前住んでいた米花町のマンションよりもちょっぴり古さを感じたけど、室内は綺麗にされていた。
綺麗、っていうか、快斗くんの部屋に比べたらずっと殺風景な部屋だ。
パソコンが3台並べられてるけど、それだけ。
あとシングルサイズのベッドと冷蔵庫と電子レンジがあるだけ。
本当に必要最低限な物しかない、そんな部屋だ。
「わっ!?」
隠れ家的なところに来たのは初めてで、こんな感じなんだー、とキョロキョロしてた私に、ガバッと勢いよく抱きついてきた快斗くん。
そのまま2人、シングルサイズのベッドに倒れ込んだ。
「ごめん、ちょっとこのままでいてい?」
別に、にゃーにゃーするとかじゃなくて、快斗くんはただ私の首の辺りに顔を埋めてそう言ってきた。
「い、今、って、」
「うん?」
「ほんとに1月なの?」
その体制のまま、快斗くんに聞いてみた。
「うん。ベルツリー号に乗ってからもうすぐ3ヶ月になる、ってとこ」
「そっか」
私には昨日どころか、ベルツリー号のスカイデッキでの出来事はそれこそ数時間(もしかしたら数分)前くらいな感覚だけど、快斗くんにはあれから2ヶ月ちょっとの時間が流れていたわけで。
「快斗くん、ありがとう」
自然とその言葉が口を吐いた。
それからもういっそこのまま寝ようぜ、な感じになって、そのまま2人でお布団被ってぬくぬくした。
快斗くんが2ヶ月の間何があったのか、やんわり、ほんとにやんわりとだけ話してくれた。
「協力者?」
「うん。ソイツがいたから、怪盗キッドも、キッドを狙う奴らもこの世からいなくなった」
ぶっちゃけ協力者って誰?って思ったけど、なんだか快斗くんがすごく眠そうで深くは聞かなかった。
「大丈夫?眠い?」
そう言った私に、星空色の目を細めて
「ずっといてくれる?」
快斗くんは言った。
「『ここ』に?いるよ、ずっと。だから寝ていいよ」
「ん」
寝るの下手になっちまったみたいなんだ、と快斗くんは呟くように言った。
そっか、って頭を撫でていたら、いつの間にか快斗くんから規則正しい寝息が聞こえて来て。
シングルサイズのベッドは2人じゃちょっと狭いけど、ピッタリとくっついて私も瞳を閉じた。
どのくらい寝ていたのか、再び目を開けると外も明るくなっているのがわかって。
隣を見ると、気持ち良さそうな寝息を立ててる快斗くんが目に写った。
快斗くんは相変わらずカッコいいけど、ベルツリー号のスカイデッキで見た時より、少し痩せたような、そんな気がした。
快斗くんが起きる前に顔だけでも洗っておこうか、って、ソッとベッドから抜けて洗面所に行った。
この部屋は本当に必要最低限な物しか置いてないみたいで、タオルも2枚置いてあるだけだった。
シャワーも浴びたいなぁ、って思ったけど、着替えもタオルもないし、快斗くん起きてからお願いしよう、って、とりあえず顔を洗うことにした。
パシャパシャと冷たい水は、今が真冬なんだって物語っているようで。
ほんとにあれから季節が進んだんだ、って思いながら顔を洗った。
顔を拭きながら、洗面所からベッドがあるワンルームの部屋に戻ったら、快斗くんが立っていて。
「あ!おはよう、よく寝れうおっ!?」
よく寝れた?って聞こうとした途中で、快斗くんが突進してきたものだから、乙女らしからぬ声を出してしまった。
「…ぃで」
「うん?」
「黙っていなくならないで」
ぎゅっ、て私を抱き締めて言う快斗くんの声が少し、震えてる気がした。
「顔洗ってたんだけど、」
「…」
「…ごめんね、黙っていなくなって、」
そう言ったら、さっきよりも強く、快斗くんがぎゅっ、と抱き締めてきた。
私には一瞬の出来事でもあの日から3ヶ月近く経ったって、快斗くんは言った。
私は泣き虫だと自分でも思う。
でもその3ヶ月の間で、快斗くんに泣き虫が移ったのかも、なんて。
そんなことを思いながら、抱き締めた快斗くんの背中を撫ぜていた。
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bkm