■キミのおこした奇跡
世界が黒曜石に包まれた。
そう思って目を閉じた。
その数秒後、
「っ、」
目を開けると、闇のような黒い空間は再び黒曜石の中に戻り、闇夜の中から気が狂いそうなほどに会いたかった人が現れた。
「…」
何もない空間に浮いていたその身体が、ゆっくりと屋上のコンクリの上に下りようとしていた。
咄嗟に身体を支えたけど、その身体は明らかに生きてる人間の熱はなく、冷えきっていた。
あおいちゃんが現れた場所には、黒曜石が、パンドラが浮かんでいて。
黒曜石の中から赤い光が押し出され、その光はあおいちゃんの身体の中に入って行った。
カラン
そしてパンドラの光を失った黒曜石は、コンクリの上に音を立てて落ちた。
何が起こって、どうなっているのか、目の前で起こっていても理解が追いついていない。
ただ、
「…息がある…」
目の前で横たわるあおいちゃんからは、先ほどの冷えきっていた身体からは考えられないほど、温かいぬくもりが伝わってきた。
直後、
「っ、」
ゆっくりと開く瞼の向こうに、ずっと探し続けていた黒曜石が顔を覗かせた。
「泣い、てる、の…?」
俺の顔に手を伸ばすあおいちゃんに、ハッとして目元を拭った。
あおいちゃんが戻ってきたら、しようと考えていたこと。
ーその半年後って奴、クリアしたら初めからやり直そう。もう1回コクるから、そん時つきあおー
目の前のこのあおいちゃんが、本当に俺が求めているあおいちゃんなのか、確かめるためにも…。
あえてこれを選んだ。
「『大丈夫?立てる?』」
右手を差し出した俺に、何かを思い出したように驚いた顔をした後、
「『ありがとうございます』」
ふわり、と、俺の好きなあの顔で笑って、俺の手を取った。
…あぁ、この子は俺が求めてきた子だ。
「『俺、黒羽快斗ってんだ。よろしくな』」
そう言った俺の右手首を左手で掴み、もう片方の手で、今度はちゃんと、花を受け取った。
「『芳賀あおいです』!」
いつぶりだろうか?
柔らかく、ふわり、と笑うその顔を見るのは…。
「『快斗って、そう呼んで』」
そう言った俺に、
「かい……、かい、と」
答えた後で、少し赤い顔をしながらクチビルを噛んだあおいちゃん。
…あおいちゃんだ。
ずっとずっと、俺が求めていた、あのあおいちゃんだ。
また少し潤んだ瞳を誤魔化すように鼻を擦った。
「もう1度、初めからやり直そうぜ」
俺の言葉に、世界中のどの宝石よりも綺麗な黒曜石が、俺を写し出していた。
「あおいちゃんのこと、好きだよ。この地球上の誰よりも。…だから俺の彼女になってください」
「…っ、よ、よろしくお願いしますっ!」
そう言われた瞬間、我慢の限界だった。
紅子のことを信じてないわけじゃなかった。
まして名探偵のことを信じていないわけじゃなかった。
でも本当に成功するのか?って思いはどうしても頭から離れなかった。
もしこれが失敗した場合、この途方もない空虚感を抱きながらこれから先の長い人生を生きていかなければいけないのかと、考えなかったと言えば、嘘になる。
それら全ての思いが、今こうして報われた。
「ホッとした、っつーか、気抜けちまって、止まんねぇ…」
情けねぇくらいに、ボロボロ涙が出てくる。
「俺が」泣いちゃいけない。
そう思って生きていた。
まるでその反動かのように、この10年近くの歳月で溜まりに溜まった涙が、堰を切って流れ落ちていた。
「ハッ!かっこ悪ぃよな、ごめん…」
顔を隠してそう言う俺の手を退かすようにあおいちゃんは手首を掴んできた。
情けない俺を写し出した黒曜石は、柔らかく目を細め、
「ほら、やっぱり!快斗くんにカッコ悪いところなんてないよ」
そう笑った。
「不可能を可能にして、私の人生で1番の奇跡を起こしてくれた。快斗くんはずっと、私のたった1人の王子様だよ」
「あおいちゃん…」
涙を拭った俺に、
「ただいま!私の王子様」
柔らかく笑う、俺だけの黒曜石。
俺が奇跡を起こしたと、キミは言うけれど、それはきっと違う。
本当に奇跡を起こしてくれたのは、1番最初に俺を選び、この地にやって来てくれたキミ自身だから。
「おかえり、俺のお姫様」
抱き締めた温もりを、今度こそ離さない。
fin.
bkm