■長い長い話し合いの結末
「初めに言っとくけど、俺んち防犯バッチリで極秘情報も漏れねーから安心して腹割って話せるぜ?」
「…そーだろうよ」
俺の言葉に名探偵は呆れたような顔をした。
「それで?どっから聞きてーの?」
俺の言葉に、名探偵は身を乗り出した。
「最初からだ。最初から全部話してくれ。オメーは覚えてんだよな?あおいのことを。なんでどいつもこいつもあのバカ女のことを忘れてやがる?あんなのまるで」
「最初から存在してないみたい、ってところか?」
「っ、」
それは俺がここ数日で感じたこと。
でもコイツは、俺よりももっと近い、あの子の生活圏内にいた分、俺以上にそれを感じたはずだ。
その証拠に、俺の言葉に名探偵は顔を歪めた。
「ただ忘れただけじゃねぇ…。ケータイの連絡先も消えてるし、住んでたマンションには全く別の奴が住んでやがった。みんなで撮ったはずの写真からも消えてやがる」
「…だよな」
「忘れねーうちに、顔だけでも描いてもらったけど、」
そう言って名探偵はカバンの中から1枚の紙を取り出し、俺の前に置いた。
「オメー、絵上手すぎじゃね?さすがに引くんだけど」
「バーロー、俺が描いたんじゃねぇよ!高木刑事に頼んで似顔絵作ってる捜査官に協力してもらったんだ」
「警察顎で使ってんのかよ!さすが日本警察の救世主だな、おい」
名探偵が見せてきた紙は、いわゆる似顔絵捜査に使われるような奴で。
それは間違いなく俺の知ってるあおいちゃんの顔だった。
「これコピーしていーか?」
忘れることなんてできない。
でも…。
これだけ周りがあの子を忘れていたら、どっちが現実なのかわからなくなって俺まで忘れちまいそうだ。
喉に詰まったその言葉を察したらしい名探偵は、好きにしろ、とでも言うかのように、手を振った。
「さて、コピーもさせてもらったことだし、本題に入ろうか」
俺の言葉に、名探偵は再び身を乗り出した。
「先に言っとくが、これは多分、オメーにとっては受け入れ難い、信じられねー非科学的な話だぜ?」
「今さら何言ってんだオメー?ここ数日でもう十分、それを目の当たりにしてんだ。とんでもねーホラ話のような話を聞かされても、受け入れざるを得ないだろ」
最もオメーが俺に嘘吐いてなかったら、の、話だけど、と名探偵は言う。
「そーだなぁ、泥棒は嘘つきだから」
「おい」
「けどこれから話す話は、嘘でも何でもねぇ、俺があの子から聞いた真実だ」
まるで聞かせろとでも言うかのように、頷き先を促してきた名探偵に、俺があの日屋上であおいちゃんから聞いた話を漏らすことなく伝えた。
「と、まぁ、俺が聞いたのはここまでだ」
「…」
俺の話に、いつの間にかソファの背もたれにもたれ掛かり項垂れるように目線を落としていた名探偵。
「オメーが信じられねーって気持ちもわかるが、」
「いや…」
「うん?」
「今ようやく、納得がいった」
「え?」
「あおいは『あの日』俺がこの身体になることを知ってたんだ。だから俺に『何かを選ばなければいけない時、それが本当に正しいのかわからなかった場合、新一ならどうするか?』と聞いてきた」
「…そ、れは、オメーをその身体にするかどうか悩んでた、ってことか?」
「だろうな。工藤新一は世間から姿を消さなければいけなかったが、江戸川コナンは、いや…、江戸川コナンでなければ知り合うことが出来なかった人たちもいたから、工藤新一を取るか江戸川コナンを取るかで悩んだ、ってところだろ」
「あおいちゃんが…」
「…あのバカ女、らしくもねぇことで悩んでんじゃねーよ」
言葉だけ取れば愚弄してるものだった。
でもそう言う名探偵の顔は酷く苦しそうに見えた。
「それで?」
「うん?」
「あおいのことはわかった。次はオメーのことだ、怪盗キッド。オメーは俺を『協力者』にするって言ってたよな?それはつまり、あおいを呼び戻すために協力しろってことだろ?どうやったら戻せる?あんな薬を用意したオメーが『協力者』って言うくらいだ。方法があるんだろ?」
…コイツは本当に名探偵だ。
数少ない情報から真実を掴んでくれる。
「俺はある宝石を探している」
「オメーの盗みの話なんか今してねーだろ」
「まぁ聞け。お前が知りたい答えなはずだからな」
「…」
名探偵が黙ったことで、俺は話を続けた。
初代怪盗キッドが探し求め、そして殺される原因となったビッグジュエル・パンドラの話を。
「あおいちゃんの記憶を俺らが覚えてるよう薬を作ってくれた、クラスメイトの魔女がいんだけど、ソイツが言うにはそのパンドラが鍵になる」
「…1ついいか?」
「うん?」
「『クラスメイトの魔女』?」
何言ってんだオメー、みたいな顔で俺を見てくる名探偵。
「わかる。俺も最初そんな顔でアイツ見てた」
「俺江古田にだけは住みたくねーわ」
コイツは、怪盗に魔女までいんのかよ、はっはー!と笑うが、俺からしたら、毎日事件に巻き込まれそーな米花町にだけは住みたくねーよ。
「まー話続けっけど?紅子が言うにはそのパンドラが唯一の鍵ってことだ」
「パンドラ、ね…」
ふむ、と考え込み始めた名探偵に、2つのUSBメモリを差し出した。
「で、オメーに溜まった借りを返してもらう時が来たぜ?」
「何が入ってる?」
「パンドラの情報と、世界中に散らばるビッグジュエルの情報だ」
俺の言葉にハッとしてこちらを見てきた名探偵。
直後、
「なるほどね。だから俺が『協力者』ってわけか」
ニヤリと笑った。
「俺はこのリストに入ってるビッグジュエルを国内にある奴から順に狙っていく。名探偵にはどれがパンドラか割り出してほしい」
「ちゃんと割り出せるだけの情報入ってんだろうな?」
「そこは紅子の努力を信じてやるしかねーよ。アイツ友達いねーから、マジであおいちゃんに戻ってきてほしいみたいだったし」
「魔女、ねぇ…」
しげしげUSBを見る名探偵。
「ボレー彗星が接近してる今、パンドラはその力を発揮する。つまり、」
「猶予はあと3ヶ月、ってところか」
「そゆこと」
長い長い、話し合いの結末は、
「おもしれー、やってやろうじゃねぇか」
名探偵の、オメーが実はラスボスか?って顔で締めくくられた。
「オメー、飯食ってく?」
「作れんのか?オメーが?」
「え?俺、手先器用だけど?」
「…手滑ったとかで小麦粉一袋ぶちまけたり、自信満々に塩と砂糖間違えたりするんじゃねーの?」
「はぁ?そんなベタな失敗する奴いねーだろ」
「…そうだな、普通いねぇよな」
「何ニヤついてんだよ?気持ち悪ぃな」
「うっせ!何でもいーから、作れんなら作ってくれ」
「えらっそーに!」
いつか、あおいちゃんが戻って来た時、俺たちの距離感にどー思うかな?
中学の頃の出来事や、去年の文化祭の出来事を見てるから、きっと話だけじゃ信じねーだろうなぁ…。
仲良くなれるわけなくない?とか言いそう。
俺らを繋いだのが、自分だとは思いもしねぇかも、な。
そんなこと思いながら、この尊大な小学生様に飯を作ってやった。
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bkm