■それこそが真実
「それも、違った?」
そう言って俺の方へと近づいて来るあおいちゃん。
…俺の直感はよく当たる。
その直感を初めて心から、外れてほしいと思った。
「もうそっちは落ち着いたの?」
「…うん、たぶんね」
淡い月明かりの下でもはっきりとわかる、あおいちゃんの表情を見て、きっとこれが最後になるんだと、そう感じた。
「ほんとはね、今日の、この宝石が、パンドラだったらなぁって思ってたんだ」
「…そうだな」
俺のそうあってほしいっていう希望とは厳密には違いそうだけど…。
俺もこれがパンドラであってほしかった。
「覚えてる?初めて会った時のこと」
唐突にそう切り出してきたあおいちゃん。
あぁ、やっぱり、って。
なんで俺の直感は当たっちまうんだろうか。
「あの日、ほんとに王子様って存在するだって、そう思ったんだよ」
そう言ってきたあおいちゃんの前に跪いて
「俺が王子って言うなら、あおいちゃんはお姫様だよ」
左手の薬指に、レディスカイを嵌めた。
「これ…」
あおいちゃんの薬指には少し、大きいサイズの指輪は、今にも抜け落ちそうだ。
「俺が必ず、あおいちゃんの望む奇跡を起こして、いつかちゃんとした奴を贈るから。あおいちゃんはそれまで良い子に待っててくれる?」
だから俺を信じて待っててよ。
本当に伝えたかったその言葉は、口から出てくることはなかった。
「ねぇ、快斗くん」
「うん?」
「私、快斗くんのこと大好きだよ」
初めて会った時は、まさかこんな感情を抱くなんて思いもしなかったのに。
「誰より優しいところも、柔らかく笑う顔も、」
初めて2人で出かけたあの日。
「魚が嫌いなところも、拗ねて不機嫌になるところも、すぐ痩せ我慢しちゃうところも、」
きっとあの日が、全てのはじまりだ。
「どんな時でもカッコよくて、全部全部、大好きだよ」
人間には運命と言う物が存在する。
数多の偶然が重なり合いそれが歯車のように廻り出した時、それは運命となり奇跡が起こる。
あの日、俺たちの歯車が噛み合い最初に動き出した瞬間にはもう、俺の運命は決まっていたんだと、今にして思う。
「だからさ、快斗くん。今度こそ、快斗くんが本当に大好きな子と、幸せになってね」
ふわり、と、音がでそうなほどに月明かりの中で柔らかく笑うあおいちゃん。
…どうしてこの子は、
「快斗くんは絶対、世界一のマジシャンになれるよ!」
最後の最後まで、俺の心配をするのか。
思わず手を伸ばした瞬間、
「っ!?」
それまで俺の目の前にいたはずの人物は忽然と消え、ただ俺の手だけが空を捉えていた。
カラン、と、レディスカイが床に落ちた音が響いた。
…今何が起きた?
そう思った直後、
「っ、てぇぇ!!?」
激しい頭痛に襲われ思わず頭を抱えた。
脳内で目まぐるしく、それまでの記憶を上書きするかのように映像が浮かんでは消えていく。
これ絶対ヤベェ、そう思った瞬間、
「ってぇ、なんだよこの頭痛!!」
俺同様、頭を抱えた名探偵がスカイデッキに現れた。
「キッド!ここにあおいがいただろっ!?なんで突然消えた!?オメー、何しやがったっ!?」
名探偵は言った。
あおい、と。
そうだ、あおいだ。
あおいちゃんだ。
たった今、俺の目の前から消えたあおいちゃんだ!
「オメーは最高の魔女だぜ、紅子」
呟くようにそう言っていた。
…大丈夫だ、全部おぼえてる!
「おい!いったい何がどうなって」
そう言って近づいてきた名探偵に向けて、レディスカイを放り投げた。
「お、おい!」
「オメーに助言しとくぜ?名探偵」
レディスカイをキャッチした名探偵に向けて話しかけた。
「オメーはこれから、オメーの常識じゃ考えられないことを経験するだろう」
「何?」
「でもなぁ、名探偵。これだけは覚えておけ。オメーの記憶、それこそが真実だ」
「…それはどういう、」
「1週間だ。オメーに1週間くれてやる。その間に現状把握と整理、しとけよ」
「さっきから言ってる意味が」
チン
「キッドっ!!見つけたぞぉ!!!」
中森警部その他が喧しく、スカイデッキに現れた。
「タイムアップだな。んじゃあまぁ、1週間後に会おうぜ」
「あ、おいっ!!」
天井に向けワイヤー銃を放ち、ここから立ち去り、飛行船を後にした。
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