キミのおこした奇跡ーAnother Blue


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天空の難破船


もう1人の犠牲者


快斗くんが新一くんを助けるために飛行船を飛び出してからもう随分経った。
あの2人は大丈夫、だと思う。
でも怪我をしないとも限らない…。


「蘭?」


みんな疲れたように一言も喋らなかった空間で、蘭が突然立ち上がった。
立ち上がってテログループの前に進もうとする蘭の両肩には、発疹があった…。


「蘭、その肩…」
「…掴まれちゃったんだよね、藤岡さんに」


小声でそう話した蘭。
…その肩に、さっき私は触れたわけで。
バッ!と自分の手のひらを見ると、


「発疹…」


薄っすらと、だけど、それでもはっきりと発疹が出ていた。
リーダーっぽい人に感染したと言った蘭の後ろに立った。


「お嬢ちゃんは座ってな!」
「… あおい、まさか…」


リーダーっぽい人に手のひらを見せたら、眉間にシワを寄せた。
蘭は青白い顔で私を見てきた。


「連れて行け」
「あおい!蘭っ!」


園子の叫び声が遠くで聞こえる。


「ごめん、ね…」


蘭が力なく謝ってきた。
なんて言ってみようもない私は、発疹の出ていない方の手で、蘭の手をぎゅっ、と握った。


「きゃあ!?」
「っ、触らないでっ!!」


喫煙室に放り投げられるように押し込められた私たち。
私たちを連れてきたテログループの人は、そのまま無言で扉を締めた。
テレビディレクターの人もいたけど、なんとなく、蘭と2人で隅っこに座った。


「あおい」
「うん?」
「…ごめんね、あおい。私に触ったから、だよね?」


蘭が今にも泣きそうな顔でそう言った。


「ちっ、違うよ、そんなこと!」
「私がこんな服着てこなかったら、あおいが感染することも、」
「蘭!」


なんでそうしたの?って聞かれたら、答えられない。
でも例えば今目の前にいるのが快斗くんだったら。
きっと同じことをしたし、してくれたと思う。
そしてそのことに、ホッとしたと思う。
だから私は、


「蘭のせいじゃないって。いつ誰が感染するかなんて、誰もわかんないんだから」


そう言って、蘭を抱き締めた。


「あおいは強いね」
「えぇ?蘭の方が圧倒的に強いって!」


そう言った私に、蘭が小さく笑ったのがわかった。


「私はダメだなぁ…。悪い方にしか考えられないから…」


抱き締めた腕を緩めたら、蘭が困ったように笑っていた。
…私も蘭の立場だったら、きっとそうだと思う。
でも「ここ」のことを私は知っていて。
新一くんが主人公であるなら、ヒロインは蘭。
だから…。


「大丈夫」
「え?」
「蘭はきっと、大丈夫だよ」


蘭はきっと、助かるはずだ。


「ねぇ、あおい」
「うん?」


それからどのくらい経ったのか…。
どちらからともなく、立ち上がって窓ガラスの向こうの外の景色を見ていた。
外はすっかり日も傾き、ぽつん、ぽつん、と、街の灯がつき始めていた。


「もしかしたら、もうこのままかも、しれないでしょ?」


それまでお互い黙っていたのに、不意に蘭がそう聞いてきた。


「あおいは後悔してること、ない?」
「…後悔?」


薄暗い喫煙室の中だから余計、蘭の顔色が悪く見えた。


「もっとこうしておけば良かったー、とか?」


困ったように笑う蘭。


「そんなこと、いっぱいあるよ」
「いっぱいあるの?」
「でも…」
「でも?」
「…私にとって今『ここ』にいることが、ボーナスタイムみたいなものだから、後悔しても仕方ないって知ってるんだ」
「それって、」
「蘭は?」
「うん?」
「後悔してること、ある?」


そう聞いた私に、蘭は一瞬、外に目を向けた。
その後1つ、大きく息を吸い込んで、


「もし、これが最後なら、…告白させてもらえないなんて言い訳せずに、アイツにちゃんと、好きって言えば良かった、って、そう思うよ」


困ったように笑いながらそう言った。
…私は、今ここに来てようやく気がついた。
あの時蘭は、10年かかってようやく好きに気がついたから、自分も10年かけて好きになってもらうって言ってた。
その時の私は蘭がそう決めたなら、って、そう思うだけだった。
それは蘭の言葉を聞いてわかったつもりでいただけで、本当の蘭の気持ちを理解しようとしなかったのかもしれない。
10年、ずっと側にいて、好きになった人を、この先も1人で10年思い続けて好きにさせるなんて、苦しくないわけなかったんだ。
今すぐにでも、気持ちに気づいてほしかったはずなのに、それでも蘭は私の前では笑いながらそう言っていた。
私が大きく捻じ曲げてしまった運命は、快斗くんと中森さんだけじゃない。
新一くんと蘭の運命も、大きく大きく、捻じ曲げてしまっていたんだ。
本来なら、きっとこんな思いなんて、することなかったはずの人に、こんな思いをさせてしまっていた。


「ごめん…」
「えぇ?なんであおいが謝るの?」
「ごめん、なさい」
「あおい?」
「でももうすぐだから」
「え?」
「もうすぐ、元に戻るから」


やっぱり私は「ここ」に来ちゃ、いけなかったのかもしれない…。
こんなによくしてくれて、大切な友達になってくれた蘭に、こんな思いをさせてしまっていた。


「元に戻るって、どういうこと?」
「もうすぐだから。そしたら蘭はきっと、うまくいくから」
「ね、ねぇ、ちょっと待って。言ってる意味が、」
「あおい姉ちゃん!蘭姉ちゃん!!」


その時、喫煙室の扉が大きく開け放たれた。


「だ、だめ!きちゃダメ!コナンくん!」


私はコナンくんの姿を見て、ああ、やっぱり、って。
やっぱりコナンくんが…新一くんが助けてくれるって、そう思ったけど、蘭は咄嗟に自分の口元を手で覆った。
だから私もハッとして、蘭に遅れること数秒、自分の手で口元を覆った。


「大丈夫だよ蘭姉ちゃん、あおい姉ちゃん!だって誰も細菌になんて感染してないもん!」
「で、でも発疹が…」
「その発疹はただのかぶれ。たぶん漆にかぶれただけだよ」
「「漆…?」」
「さっき蘭姉ちゃんとあおい姉ちゃんをここに連れてきた人、水川さんの時も同じ人だったんじゃない?」


そんな細かいこと覚えてないなんて、言えない…。
でもバッチリ覚えてたらしい蘭は大きく頷いた。


「やっぱり!きっとあの人だけが彼らの中で漆に耐性があるんだ。手の爪が黒くなってたから、たぶん元漆職人か何かなんだろうね」


漆…?


「つまり、犯人たちは最初から細菌なんか盗んでなかった。ただ実験室を爆破して今回のバイオテロを本当っぽく見せただけだよ。その証拠にこのアンプル!リーダーの前でこのアンプルの蓋を開けようとしたけど、リーダーは騒ぎもせずに平気な顔してた!もし本当に細菌が入ってれば、必死に止めるはずだよね?蘭姉ちゃんがさっき僕に叫んだみたいに!」
「コナンくん…」
「だったよね?おじさん!」
「あ、ああ!…大丈夫か?蘭、あおい」


そう言っておじさんや、園子も喫煙室に入ってきた。


「あおいの言った通りだったね」
「え?」
「『蘭はきっと大丈夫』そう言ってくれたでしょう?」


柔らかく笑う蘭。
その蘭を見て、


「良かったぁ!あんたたちがどうなっちゃうのかほんとに心配だったんだからねっ!!」


園子が抱きついてきた。


「あおいが励ましてくれたんだ」
「あんたこういうことの耐性、案外あるわよねぇ」
「なんだかんだで、事件巻き込まれちゃうからね、あおいは」


そう言って2人は笑う。
その時、コナンくんが慌てて部屋から飛び出して行ったから、まだ事件は終わってないのかもしれない。
でも…。
コナンくんが元気にここに戻ってきた、ってことは、快斗くんもここに戻ってきてるってことだ、と、思う。


「じゃ、まぁ、テログループも全員中森警部が御用にしたし!ダイニングに戻って一杯やり直すか!」
「おじ様、高所恐怖症はどうしたの?」
「暗くなって見えねーから平気なんだよ!」


すっかりご機嫌なおじさんと、ヤレヤレ、って顔してる園子を先頭に、ダイニングに戻ることになった。
その時、


「あおい」


蘭に呼び止められた。


「大阪に着いたら、どういうことか聞かせてもらうからね」
「えっ?」
「さっき言ってた『もうすぐ元に戻る』の意味、ちゃんと教えなさいよ?」


蘭が珍しく強い口調でそう言ってきた。
…違うんだよ、蘭。
わざわざそんな話、しなくてもいいんだ。
そんな話しなくても、蘭も全部忘れて、ちゃんと元に戻るんだから。
そう思いながら、喫煙室を後にした。

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