■決断
自分のタイムリミットを聞いた週の週末。
つまり、お父さんとお母さんにお別れをするためには決断をしなければいけない日。
飛行船の話で快斗くんがうちに来ることになった。
「いらっしゃい」
「…………あおいちゃん、なんかあった?」
振り返れば『ここ』に来て5年。
そのほとんどの、4年近くのとても濃密な時間を、誰より一緒に過ごした人。
…だからこそ、すぐさま私の異変に気がついてしまったようだった。
「んー…、今テレビで殺人バクテリアのことやってて、」
「あー!あの研究所爆破事件だろ?怖ぇよなぁ…」
そんなことを言いながら、部屋に入ってくる快斗くん。
…今日で、決める。
「じゃあ俺のニュースも見た?」
快斗くんは私の部屋にいる時はキッドと言わず、「俺」と言う。
「飛行船の挑戦状でしょ?」
「そそ。次郎吉じーさんから誘われちまったから、快く受けたんだけどさ」
飛行船て初めてかもー、なんて言う快斗くん。
「あおいちゃんは?乗ったことある?」
「飛行船に?ないよ」
「えー、じゃあ楽しみだな」
な?っていつものように笑う快斗くん。
…これが最後?
今日でもう、お別れ?
ー今ならまだ間に合うー
ーキミの両親にお別れできるー
そんなの無理だって…。
どっちかなんて、選べるわけないじゃん。
この人に会いたくて、『ここ』に来たのに、自分から『ここ』を離れる選択なんて、できるわけない。
「昨日園子と蘭と放課後ボーリングに行ったの」
「へー!あおいちゃんボーリングできんの?」
「できるよ!昨日もストライク出したし!」
「マジで?じゃあ今度行こうぜ」
「…ガーターなしなら?」
「…………そっかぁ、今度一緒にガーターなしのとこ行くかぁ」
一昨日はコナンくんと博士の家でご飯を食べた。
そこで何か思うところがあったらしい新一くんから、夜電話がかかってきたんだけど、当たり障りなく、頑張れって伝えて終われた。
そして昨日は園子と蘭と、放課後ずっと一緒にいた。
バカみたいに笑って、3人でプリクラも撮った。
2人には、心の中でお別れを言えた。
でも…。
「また何か悩み事?」
快斗くんにお別れは、言えずにいる。
「なんで?」
「ん?んー…、俺あおいちゃんの笑顔が1番好きだから、笑い方だけで違いわかんだよねー」
「なにそれ!」
快斗くんのどこが好きなんだろう?
カッコいいところ。
優しいところ。
よく笑うところ。
マジックが上手いところ。
料理が上手なところ。
…元々の快斗くんの運命を捻じ曲げちゃったのに、それでも私なんかの側に、いてくれたところ。
数え出したらきりがない。
好きなところしか出てこない。
「ほんとにどーした?」
快斗くんが私の顔を覗き込んできた。
前は、なんでお別れできたんだっけ?
「…たぶん、だけど、」
「うん?」
あぁ、そうだ。
中森さんだ。
快斗くんはやっぱり、中森さんを選ぶんだ、って。
そう思ったからお別れ出来たんだ。
「さっきのバクテリアの話、」
「え?あー、殺人バクテリア?」
「うん。…たぶんだけど、あれもお話になってた奴だと思う」
じゃあ今は?
全部を知って、それでも私を選ぶって言ってくれた今は?
「たぶん、だけど、映画になったお話だと思う」
「なんでそれは見なかったの?」
「見る前にトラックに轢かれちゃったから」
私がそこまで言ったら、あっ、という顔を快斗くんはした。
「あの映画は確か、飛行船とバクテリアの話。…だった気がする」
「次郎吉じーさんの飛行船か」
「たぶん」
ふむ、と快斗くんが悩むような仕草を見せた。
「もし、映画のお話だったなら、ミラクルランドの時みたいに、すごく大変で…危ないと思う」
「なるほど」
快斗くんはしばらく無言になった後で、
「ま、今回も俺が華麗に盗んで行くから楽しみにしててよ」
ウィンクしながらそう言った。
「あおいちゃんも乗るんだろ?飛行船ベルツリー号に」
「…誘われてるけどね」
「じゃー、俺が誰に変装してるか、当日当ててよ」
「とうじつ」
「そ!あおいちゃんのキッド愛が試されんね」
あははー、なんて笑う快斗くん。
…あぁ、そっか。
人生は、案外あっさり決まるんだ。
例えそれが他の誰かには違うと言われても、今の私にはきっとこれが最善の道。
「私は園子よりも年季入ってる筋金入りのファンだよ」
「お?言ったな?んじゃあ当日楽しみにしてるわ」
お父さんとお母さんにお別れを言える最後のタイミングのこの日。
私は目の前のこの人の笑顔を最期まで見届けることに決めた。
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bkm