キミのおこした奇跡ーAnother Blue


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夢をみていた


全てはキミのために


ベルツリー急行の事件があった週明けの月曜日の学校。
紅子が俺の席にやってきて、コトリ、と無言で瓶を置いた。


「なんだこれ?」


紅子が俺の机に並べた瓶は2つ。


「効果はあるはずだけど」
「うん?」
「『その時』が来るまで本当にこれが効くかどうかわからないから対価は後払いにしてあげるわ」
「なんて?」


唐突に話し始めた紅子の言っている意味がわからず、素で聞き返した。
その俺を心底冷めきった目で見下ろし、


「あなたが言ってきたんでしょう?記憶の対価を決めもせずに」


そう言ってきた。


「出来たのか!?」
「だから言ってるでしょう?『その時』が来るまでは効くかどうかわからないわ」
「2本とも飲めばいーのか?」
「1本で十分のはずよ。最も信じる信じないはあなたしだ」


紅子の話を最後まで聞くことなく、目の前の小瓶を1本、一気に自分の中に流し込んだ。


「苦っ!!!まっずっ!!なんだこれ!?うぇえー…」


ものだから、ものすげー不味い飲み物を一気に口の中に流し込んじまった…。


「普通もっと警戒するものじゃない?」


俺の行動に呆れたような顔で紅子が言う。


「は?なんで?可能性が少しでもあるならそこに賭けるに決まってんだろ」
「…とても冷静沈着な白き罪人だとは思えない行動ね」
「どーとでも!それで?もう1本はオメーの分か?」


もう1本を紅子の前に差し出しながら聞いた。


「私はもう飲んだわ。それはあなたの『協力者』の分よ」
「協力者、って、」
「飲ませる、飲ませないはあなたに任せるけど、『もしもの時』に備えた方がいいんじゃないかしら?」


手の中の小瓶を見つめる。


「効果を求めるなら、彼女が消える前に飲ませることね」
「オメーは、あおいちゃんのXデーはいつだと思う?」


俺の言葉に、紅子は口の端を持ち上げた。


「さぁ?…けど、あの子の魂が徐々に小さくなっていってるのがはっきりとわかるわ。悠長に構えていられないわよ」


て、ことは、もう半年もない。
いや…。
紅子が俺に「あと半年」と言ったのは俺の誕生日だった。
そこから普通に考えれば年内いっぱいは時間の猶予があるはずだった。
今は9月の終わりだから残り3ヶ月。
けどこの言い方、後3ヶ月もたねぇかもしれない。
早ければ明日どうなるかもわかんねぇ、ってことだ…。


「けどなぁ…。あの疑い深い男がこんなん飲むか?」
「そこは黒羽くん、あなたの腕の見せ所でしょう」
「ってもよぉ…」


アイツにもこれを飲ませた方が良いのはわかる。
問題はどうやって飲ませるか、だ。
頭を抱え始めた俺を他所に、紅子は後はあなた次第よ、と言って去って行った。
さて、どうしたもんか。
そんなこと思っても、時は平等に流れるもので。
パンドラを見つけるべく、動いていたある日のこと(次郎吉じーさんのところじゃないからか名探偵は来なかった)


「おや?これはこれは、お久しぶりですね、レディ?」


俺の逃走経路上(廃ビルの屋上)に、あの物騒なクリス・ヴィンヤード…いや、ベルモットだったか。
ソイツが立っていた。


「わざわざ私の暗号を解いたんですか?」
「そういうのが得意な同僚がいるのよ」
「あぁ…!確か名前はバーボン、でしたっけ?」


そう言った俺を目を細めて見てきたベルモット。


「やっぱりあの時のシェリーはあなただったのね」
「シェリーというお嬢さんは知りませんが、あなたの言う『あの時』が先日の私が関与した事件のことであるならばこう答えます。『あなたのシルバーブレット』に助けを求められたから手を貸したまでです。クリス、いいえ、ベルモットとお呼びしたらいいでしょうか?」


俺の言葉にピクリと顔を歪ませた。


「あなたのことは全て聞きましたよ。あなたがクリスであり、シャロンであり、そしてベルモットであることも」
「…呆れた。あのボウヤ、あなたに何もかも話したのね」


話したのは『ボウヤ』じゃねーけどな。


「でもそれで合点がいきました。何故あなたが前回私を見逃したのか」
「…」
「あなたはあおい嬢を助けた礼だと言った。それは確かにあったかもしれません。でもそれだけじゃない。あなたにその天才的な変装術を叩き込んだ師に免じて、元々正体を知っていた私を見逃した。違いますか?」


蛇の道は蛇。
恐らく本気で調べようと思えば、この女はあっという間に黒羽快斗に辿り着くだろう。
しかもこの女は、あおいちゃん経由でも黒羽快斗の名前を知っていたはずだ。
俺の正体を調べなかったんじゃない。
この女はきっと…。


「あなたは元々、怪盗キッドの正体をご存知だったんじゃないですか?時をおいて復活した2代目である私の正体にも気づいていた」
「…」


かつて親父はシャロン・ヴィンヤードに変装術を叩き込んだ。
それは闇に生きるこの女に、完璧なる偽者として活動できる術を叩き込んだようなもの。
仮にこの女があおいちゃんや工藤新一に恩義を感じていたのなら、親父に義理立てしていてもおかしくない。


「あなたは盗一とは似ていないわ」


ベルモットは不意に口を開いた。


「盗一はそれこそ、天才的な才能を持っていた。あなたはただの二番煎じよ」
「でしょうね。私もそう思います」


頷いた俺の顔をベルモットは凝視した。


「でも『あの子』はあなたの前にいる時が1番良い顔をするのよ」


少し視線を落としながらベルモットは言う。


「闇に生きるあなたよりずっと、シルバーブレットの方があの子には相応しいのに」


ポツリ、ポツリと語る姿はどこか、懺悔をしているようにすら感じる。


「あるいは前回のことであなたが身を引いてくれればと思ったのは確かよ」
「その程度の覚悟だと思われていたなら心外ですね」
「…あなたは盗一のスペア。二番煎じでしかない。…でも、」
「でも?」
「シルバーブレットが、私のことまで話すような男であるなら、チャンスをあげてもいいのかも」


そう言い、孤を描くようにベルモットは笑った。


「あなたが肩入れするほど、シルバーブレットは良い男じゃないですよ」
「少なくともあなたよりは良い男候補よ」
「あー、なるほど。私たちレベルでは候補でしかない、あなたにとってはまだまだ子供なわけだ」
「…随分と無遠慮なボウヤね」
「おや?ご存知だったんじゃないですか?私は『キッド』ですよ」


俺の言葉にベルモットは深いため息を吐いた。


「今日はあなたと会話が出来て実に実りのある日でした」
「もう私が狙わないとでも思っているのかしら?」
「えぇ。少なくともあなたのシルバーブレットが私を必要としている以上は狙えないでしょう」


そこまで言って、廃ビルの屋上から飛び立つべく鉄柵に飛び乗った。


「あなたが『私』の邪魔をしないなら狙う必要もないわ」
「…やはりあなたは、壊滅させたいんですか?」
「それもシルバーブレットの入れ知恵?」
「さぁ?あなたの宝物は、この世でたった1つの私の宝物でもあるので」
「…あの子を少しでも巻き込んでみなさい。あなたは私が殺すわ」
「肝に命じるとしましょう?」


そう言いながら、闇夜にダイブした。
…これでベルモットはある程度片がついただろう。
名探偵に接近してもコイツ経由で狙われることはないはずだ。


「にしても、あのヤローの尻拭いさせられてる気分だぜ」


それもこれも、全てはあの子のためだ。
そう思い、夜の闇に溶けた。

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bkm

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