■もしもの時の
「それで快斗くんが聞きたいことってなに?」
快斗くんの治療も終わり、3人で東京に向かってる最中、気になったメールの内容について聞いてみた。
「あ、あー…、それ後で話すわ」
珍しく目を泳がせて快斗くんがそう言った。
え?って思ったよりも早く、
「これは気が利かなくて申し訳ありません」
寺井ちゃんがそう言った。
「気が利かないって何がですか?」
「隠さなくてもいいんですよ。ちゃんと聞いておりますから。あおいお嬢様はぼっちゃまの特別な宝せ」
「あー!ジイちゃん!俺ら米花町のあおいちゃんちで下ろしてもらおうかな!?」
「あぁ、はい。そのように致しましょう」
寺井ちゃんが話していたら快斗くんが割って入ってきて、私たちは一緒に米花町で下りることになった。
「部屋行っていーよね?」
「あ、う、うん」
車から下りるとナチュラルゥに快斗くんが私のいつもより大きいカバンを持って、私の部屋に向かうことになった。
「おっじゃまっしまーす」
そう言っていつものように入ってきた快斗くん。
ちょっとなんか食べるー?なんて聞いたら、食べるー!って言うから、お菓子と飲み物を用意した。
「それで聞きたいことってなにー?」
ボリボリと堅揚げチップスを食べつつ聞いてみた(最近ハマってる)
「あー、それなんだけどさー。ほら、あおいちゃん俺が主人公の本って言い方したじゃん?」
でも快斗くんがこれ美味ぇな、って言ったのはチョコのお菓子だった。
「うん、したね」
ボリ、ボリ
「あれさー、俺はわかったけど、工藤新一ってなんなの?」
パリン
快斗くんの言葉に堅揚げチップスが音を立てて割れた。
「なんなの、って?」
「アイツさぁ、脇役にしてはキャラ濃すぎじゃね?なんなの?」
堅揚げも美味いね、なんて快斗くんが言う。
…え、えええええー、新一くんの説明!?
難しくない?難しいよね?難しい!
「脇役…では、ない、かなぁ…?」
そう思った私は当たり障りなさそうに答えた。
「ダブル主人公、的な?」
「そ、そうそう!そんな感じ!」
「だよなぁ、じゃなきゃあのキャラおかしいもんな」
快斗くんはウンウン頷きながら言った。
「な、何かあった?」
「あった、っていうか、アイツの周りが物騒すぎてただの脇役にしては設定詰め込みすぎじゃねーかと思っただけ」
ダブル主人公なら納得、って快斗くんは言う。
…そりゃあ物騒だと思うよ?
だって何の目的か知らないけど、人が幼稚化しちゃう薬が出来ちゃうよう組織と対立してるんだもん!
「あとさー」
「うん?」
「クリス・ヴィンヤードってなんなの?」
堅揚げにコーラが合うな、って言いながら飲み物を口にした快斗くん。
「な、なんなの、って?」
「んー…、あおいちゃんていうより、クリスは工藤新一のなんなのか知ってる?」
堅揚げチップスを食べた指先をぺろりと舐めながら快斗くんは私を見てきた。
…は?なんで今クリス・ヴィンヤードの話になってるの?
「え、快斗くんクリスと何かあったの?」
「あった、っていうかちょっと話したことあってさ」
「…クリスと!?なんで!?」
「そこを俺も知りたいから聞いてんの。工藤新一とクリス・ヴィンヤードの関係は?」
ジーッと私を見てくる快斗くん。
…待って、いつそんなことがあったのかぜんっぜんわかんないんだけど!
「なん、て、言ったらいいかわかんないんだけど、信じられないと思うけどただの女優さんじゃなくて、」
「あ!俺とりあえずクリスが物騒な輩ってのは知ってっから」
そこら辺は大丈夫って言う快斗くん。
…待って待って待って。
これ私が思うよりもずっと原作変わってない!?
変わった、っていうか、快斗くんが、「怪盗キッド」が「コナン」にものすごく深く関わってきてるよね!?
「もしかして言いたくない系?」
「え?あ、いや…」
黙った私に快斗くんが聞いてくる。
もうここまで来ると言いたくないとか、そういう問題じゃない。
「あ、あのね、」
「うん」
「私は快斗くんが、…キッドが命を狙われるようなこともあるって知ってるよ?」
「…うん」
「で、でもね、それとは別に新一くんも…なんて言うかな、狙われてるのね」
私の言葉に、
「それは工藤新一や哀ちゃんを小さくした奴らに?」
快斗くんはサラリと聞いてきた。
「待って!哀ちゃんのことも知ってるの!?」
「うん。知ってる」
「なんで!?何があったの!?」
そう言う私に、快斗くんは顎に手をあて、うーん、と考えるような仕草をした。
「何が、って一言じゃ言えねーけど、早い話、蛇の道は蛇。命狙われてる者同士で手組めねーかな、ってとこ!」
だから気になるところは全て把握しときたい、と言う。
…快斗くんと新一くんが手を組む?
「もし、」
「え?」
「もし、今この世界で『怪盗キッド』の力になれる人がいるとしたら、それは新一くんだと思う。それは私が『ここ』に来てキッドの話を聞いた時に思ったことだよ?」
「…うん」
「で、でもさー、新一くんは探偵なのね。そんな『怪盗』と手を組むなんて、」
「あー、言い方間違えたな」
快斗くんは頭をガシガシと掻きながは言った。
「手組む、って言うか『もしもの時の協力者』になんねーかな、って話!」
それは俺だけじゃなく、お互いのな、と言う。
「あ、あぁ、うん。もしもの時の協力者ってことなら、うん。新一くんが1番だと思う」
「だよな」
私の言葉に快斗くんは満足そうに頷いた。
そして快斗くんに私が知っているクリス・ヴィンヤードについて話した。
「クリス・ヴィンヤードが実はシャロン・ヴィンヤード本人!?」
快斗くんに、クリスとの話をするには、やっぱりここから話さなくちゃいけなくて。
でもさすがに驚いたのか、快斗くんは少し声を裏返して言った。
「シャロンはそもそも歳を取らない、のかな?そんな感じに書かれてて、」
「でも世間的にそれはおかしいから自ら葬ったわけか…」
快斗くんは唸るように言った。
「シャロン、は、ニューヨークの時に、私と新一くんでちょっと…助けた?」
「助けた、って?」
「う、うーん…、その時シャロンは通り魔に変装してたんだけど、撃たれて弱ってた時に、階段から落ちそうになってさ。そこを助けたことあって、」
「………」
「私たちは私たちで、蘭が熱出して倒れちゃったこともあったから、通報もせずにそのまま見逃したんだけど、」
「だから『私の小悪魔ちゃん』ね」
「え?小悪魔?」
「いやこっちのこと!」
手のひらを見せながら、快斗くんはそう言った。
「あおいちゃんたちとクリスの間で起こったことはわかったけど、もう1つ聞いてい?」
「え?な、なに?」
「クリスが言う『シルバーブレット』の意味はわかる?」
快斗くんの言葉に、空いた口が塞がらなかった。
…快斗くんは「シルバーブレット」って言う言葉まで知ってるって、それほんとにガッツリとクリスと関わってんじゃん!
「あおいちゃん?」
「だ、だめだよ!」
「え?」
思わず立ち上がって快斗くんを見下ろした。
「快斗くんは自分がやるべきことがあるでしょ!?それは新一くんがやらなければいけないことで、快斗くんまでそこに関わっちゃったら」
「命を狙われる?」
快斗くんは真っ直ぐ私を見てそう聞いてきた。
咄嗟に言葉が出なかった私に快斗くんは口を開いた。
「俺たぶんもう狙われてっから!」
「えっ!?」
「どっちみち狙われんなら、状況把握しときてーんだよね」
「そ、れは、」
「教えてくれる?クリスが何で工藤新一を『シルバーブレット』って言うのか」
ジーッと私を見て聞いてくる快斗くんに、もう一度腰を下ろしながら大きく息を吐いた。
「クリスは、…ベルモットはたぶん、組織を壊滅させたいんだと思う」
「ベルモット?」
「クリスのコードネームだよ」
「あぁ…。それでベルモットは自分のいる組織を壊滅させてぇの?」
「…はっきり書かれてたわけじゃないけど、それでもベルモットは組織を狼人間に例えて、狼人間を唯一倒せる武器の名前で呼んでるんだよ。…だから新一くんが小さくなったことも、組織のメンバーには隠してる」
「なるほど」
快斗くんはまた顎を手で触れながら考えるような仕草をした。
「ごめんなさい」
「え?何が?」
それはいつの間にかかはわからない。
でも本来関わることのない人たちが関わってしまったのはきっと…。
「快斗くんがクリスと関わるようになったのはきっと私のせいだよ。私が『ここ』に来なかったら快斗くんが狙われることなかったもん!ただでさえキッドも狙われてるのに本当にごめ」
そこまで言った私を快斗くんがぎゅって抱きしめた。
「これだけははっきりさせときてーんだけど、あおいちゃんのせいなんかじゃねーからな?」
とくん、とくん、て聞こえる心臓の音は、変わらずに優しく温かい。
「あおいちゃんのおかげで、今こうして全て話が繋がった」
「…私のおかげ?」
「うん。なんで『協力者』が工藤新一なのか、はっきりわかったよ」
そう言いながら快斗くんは腕の力を緩めた。
「それ、って、」
「アイツは共犯者にはならない。だけど俺にとっては誰より厄介で誰より信頼できる協力者だ」
ニヤリと笑いながら言う。
そして私の顔に触れ、
「逆に聞くけど、あおいちゃんが俺の前で泣かなくなったのは俺のせいだよな?」
そう言ってきた。
「あおいちゃん、すっげー泣き虫なのに、全然泣かなくなったよな」
「わ、たし、は、」
「まぁ俺としは?彼氏以外の男の前で泣かないってのは高評価でしかないわけだけど。…だからこそ、またあおいちゃんが俺の前で泣けるような男になるから」
あはは、と笑いながら快斗くんは言う。
…なんで直ぐそういうこと言っちゃうかな。
そういうところが本当に、私の王子様なんだよ。
柔らかく笑う快斗くんを前に、泣かないように泣かないようにって自分に言い聞かせた。
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bkm