■ハートフルな王子様
「とりあえず、ここで出来る範囲で治療しましたが、明日にでもきちんと病院に行ってくださいね」
探偵団に連れられ、医務室強制連行な俺は、負傷した左腕を手当てしてもらった。
左手をグーパー動かしても違和感ねーし、これなら問題ない。
園子ちゃんと連絡取って、今どこらへんにいるのか聞いて、
「聞いてた印象と違ったわ」
「え?」
さぁどう動くか、って思っていた俺に、探偵団の1人、哀ちゃんと呼ばれてた子が話しかけてきた。
「小賢しい、鼻持ちならない王子様気取りなクソヤロー。…って、聞いてたんだけど、」
「それ誰の発言か聞いてもい?」
「そんな怪我してまで身体張ってお姫様を守るなんて、ずいぶんとハートフルな王子様じゃない?」
「……そりゃ、どーも」
哀ちゃんと呼ばれた子は、俺に対してそう言ってきた。
…この子アレか。
探偵団のその他3人みたいな普通の小学生じゃなく、江戸川コナン側の子か。
怪我大したことなくて良かったわね、と、哀ちゃんは言う。
…あの探偵ボウズといい、この子といい、帝丹のガキどもはどーなってんだよ。
「行くの?」
「そりゃそうだろ。まだ犯人捕まってねーみたいだし?あおいちゃんが心配だ」
医務室から出て行こうとした俺を、哀ちゃんが呼び止め、
「気をつけた方が良いわよ」
そんなことを口にした。
「気をつけるって犯人のこと?」
「それもそうだけど、あなたが今、あおいさんを身体張って助けても、泣かせたことは消せない事実でしょ?…きっと新一さんが黙ってないわ」
「ガキに余計なこと言ったのアイツかよっ!!」
まさかこんなところでオメーの名前を聞く羽目になるなんて思いもしなかったぜ…!
「お嬢ちゃんは何で工藤新一知ってんの?」
「…隣なのよ。彼の家の」
「隣、って、阿笠博士の家の子ってこと?」
「そんなところ」
哀ちゃんの言葉に脳内相関図が徐々に埋まっていく。
江戸川コナンといい、この子といい、相関図の起点が工藤新一とかアイツどういう人脈持ってんだよ。
…まぁ今はどーでもいいか。
「とにかく俺行くけど、さっきから探偵団の他の子たちの姿が見えねーから、犯人捜ししてねーか注意した方がいいぜ?」
「…あの子たち、目を離したすきに…!」
もう!と怒り出す哀ちゃんの姿は、どう見てもアイツらの保護者だ。
「哀ちゃんてさ、」
「何?」
「また会いそーだよな。そん時ゃ、よろしく!」
「…別に会いたくないけど」
探偵ボウズと一緒にいて、しかもあおいちゃんと交流ある阿笠博士の家の子で、探偵団の他の奴らとは一線を画す、それはまるで江戸川コナンのような頭のキレや大人びた言動。
そんな奴を、あのボウズが放っておくわけがねぇ。
…て、ことは、だ。
間違いなくこの子も現れそうだよな、俺の現場に。
そんなこと思いながら哀ちゃんと別れ、園子ちゃんに電話した。
なんでも今日この時間アトラクションの一部が閉鎖している冒険と開拓の島にボディガードと向かっているらしい。
…確かに人気は他のところより少ないだろう。
ならあおいちゃんはそっちに逃げそうだし、何より既に探偵ボウズと合流出来ているなら、アイツも被害を最小限にしようとそこに向かいそうだ。
「蘭ちゃんは?」
「蘭は先に向かってるわ」
「オーケー、じゃあ俺もそこ向かうから、後でな」
ここからそう遠くもない。
走り始めて2分もしないうちに冒険と開拓の島に着いたところで、蘭ちゃんと合流できた。
「少し高い位置から見渡すしかねぇか…。俺ちょっと上から見てくる」
「え?上から、って、黒羽くん!?」
山を模しているアトラクションの外壁を、軽くよじ登り、島内を見渡した。
…どこだ?
どこにいる。
…てゆうか、マジでここにいるのか、と思い始めた頃、島内の少し開けた、広場に向かい走っている2つの影を見つけた。
「蘭ちゃん!」
「いた!?」
「たぶんな!この先の広場だ!」
蘭ちゃんに言って、人影がいた方に向かう。
近くまで来ると、噴水が湧き上がろうとしていて、水の壁が出来る直前、銃を構ええていると言えばそう思えるような人影が見えた気がした。
「あそこだ!」
「ちっ、ちょっと黒羽くんっ!」
俺が噴水広場に着いた頃には、噴水が止まりかけていて。
それはつまり、あおいちゃんを守ってるこの水の壁が無くなり、犯人から丸見えになる、ってことだ。
水の壁が完全に無くなる前に、広場に飛び込んで、
「きゃあ!?」
あおいちゃんを抱きしめながら、広場に倒れ込んだ。
「あおいちゃん、怪我は!?」
「な、ない、けど、」
すぐさま起き上がり、犯人の方へと向き直った。
直後、
「あおい!黒羽くん!動かないでっ!!」
蘭ちゃんの声が響いた。
と、思った瞬間、
「はぁぁぁぁぁっ、せいっ!!」
蘭ちゃんが実践空手を目の前で披露してくれた…。
嘘だろ、ナイフ持った男相手に飛びかかって刃先へし折った上、相手ぼっこぼこにしたぞ…。
え?ナイフ持った相手に立ち向かえる女子高生いなくね?
は?犯人意識なくしてっけど??
え、待って、アレですら強ぇなんてもんじゃねぇのに、園子ちゃんの彼氏アレ以上なの?
人間じゃなくね???
なんて思っていたら、
「快斗くん!血が!!」
腕の中のあおいちゃんがそう叫んだ。
…快斗『くん』?
「もしかして、」
「うん!?」
「…思い出した?」
そう聞いた俺に、あおいちゃんはどこか罰の悪そうな顔をした。
「え!?あおい思い出したの!?」
「わかる!?私らのこと、わかる!?」
「もちろん!…鈴木園子と、毛利蘭。私の大好きな友達だよ!」
「「あおいー!!」」
園子ちゃんと蘭ちゃんがあおいちゃんに抱きついた。
記憶を取り戻したのはいいことだ。
それは本当にそう思う。
だけど…。
「ん?」
あおいちゃんと抱き合って喜びを分かち合ってるはずの園子ちゃんと目が合った。
と思ったら、肩を指差しながら口をパクパクとしてきた。
…なんだ?
い、た、が、れ?
痛がれってことか?
そう思った瞬間、コイツが言いたいことにピンときた俺は、
「いってぇ…!!」
大げさなほど、痛がった。
「だっ、大丈夫!?病院行く!?あ、でもとりあえず医務室の方がいいのかな…。…じ、じゃあ、高木刑事に言って、」
「無理、待ってらんねーから、あおいちゃん医務室連れてって。病院でもいいけど」
「そうね。あおい、あんた連れてってやんなさいよ」
後はもう、畳み掛けるだけなわけで。
「聴取はコナンくんがされると思うし、第一あおい自体も念のため診てもらった方がいいしね」
蘭ちゃんも察したらしく、乗っかってくれた。
「い、いや、私っ、」
「あー、貧血でクラクラしてきた。俺、倒れるかも」
「えっ!?」
「ほら、連れてきなって!」
「あとは任せて」
「でっ、でも」
「あ、倒れそう。あおいちゃん肩貸して」
そう言いながら(あおいちゃんが逃げないように)ガッとあおいちゃんの肩に手を回した。
「あおい姉ちゃんも、とりあえず簡単にでも診察してもらってきなよ。その方がみんなが安心するし」
「ほら、ボウズもこう言ってるし、行こうぜ」
もう1度医務室に向かう直前、後ろを振り返ったら、ニヤッと笑って手を振っている園子ちゃんがいた。
…あおいちゃんが記憶を取り戻して良かったと思う。
だけどそれはつまり、俺に傷つけられたこと、俺と別れたことも思い出したってわけで。
避けられてもおかしくない状況下で、園子ちゃんがくれたチャンスをありがたく利用させてもらうことにした。
.
bkm