キミのおこした奇跡ーAnother Blue


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瞳の中の暗殺者


しがない魔法使いの祈り


しばらくすると、これ以上外にいてもあおいちゃんが疲れるからと、早々に病室に引き上げるよう提案してきた蘭ちゃん。
まぁそうだな、と同意した俺は、蘭ちゃんに連れられ院内に入って行こうとするあおいちゃんの後ろ姿を見ていた。
あおいちゃんは何歩か歩いた後でピタッと立ち止まり、俺の方を振り返った。


「…また、来る?」


やっぱりどこか生気のない目をしているものの、はっきりと俺を見てそう言った。


「毎日来るよ」
「……そう」


無表情のあおいちゃんはそう呟くと、今度こそ建物の中に入って行った。
じゃあ俺も帰るか、と思った時、


「ちょっとあんた、どこに行く気?」


おっかねー財閥令嬢から呼び止められた。


「オメーの用事終わっただろ?家に帰んだよ」
「私が送ってやるって」
「俺電車で帰るから遠慮するわ」
「家の前まで送ってやるから遠慮する必要ないわよ」


めんどくせーなぁ、と思いつつも、過去を振り返ってもこの女がここで引き下がるわけがなかった。
クソデカいため息を吐いた後で、


「俺の家に着くまでの間だけだからな」


イエスと答えるしかなかった。
何が「家に着くまでの間」なのか、なんてそんなの決まってる。
この女からの尋問諸々についてだ。


「で?」
「あ?」
「破局理由。ほんとのところは何?」


オメー、今シートに座ったばっかだよな?


「まず俺んちの住所を運転手に伝えろよ!」
「あんたの家の住所を私が知るわけないでしょ。伝えようがないじゃない」


この女っ…!


「すみませーん、江古田駅までお願いしまーす」
「家まで送るって言ってんでしょ」
「オメーに俺んち教えたくねーからだよっ!」


あからさまに園子ちゃんがイラッとした顔をした後で、江古田駅まで回して、と運転手に伝えた。
…さすが財閥令嬢、命令しなれてら。


「で?なに?」
「想像着いたんじゃねーの?」
「でも違うんでしょ?あんたの言い分だと」


こいつがあおいちゃんの肩を持つのはわかる。
でも一応、俺の言い分も聞こうとするこういう姿勢が、こいつを嫌いになりきれねーとこだろうと思う。


「青子の親父さんが仕事中に銃で撃たれたって連絡あったんだよ。それ聞いた青子が動揺して助けてくれとか言うから、バイクのケツに乗せて病院まで連れてったんだけど、行った先の病院にあおいちゃんもいてさ。なんでそこにいたのかとか、そういうことよりもまず、青子と一緒にいたのがアウトだったんだろうな」


今となっては全て遅いけど。


「まぁ、幼馴染の助けてって声に答えたい気持ちはわからなくもないわね」
「だろ?また同じようなことが起こっても、俺はきっと」
「でもさぁ、何も『黒羽くんが』助ける必要なくない?」


俺はきっと同じことをする、と言おうとした途中で、園子ちゃんは言った。


「要するに、距離が近すぎんでしょ?黒羽くんとその幼馴染」
「近すぎ、って、」
「助けを求められて、手を貸すのはいいけど、いつまでも『黒羽くんが』手を貸す必要はないわよね、って言ってんの」


人差し指を俺の方に向けて園子ちゃんは言う。


「だからその事で言うなら、黒羽くんがバイク出してやったわけだけど、その子が動揺してたんなら、タクシー呼んでやればよくない?」
「…まぁそう言われたらそーだけど、」
「黒羽くんはその子に甘すぎだし、その子も黒羽くんに甘え過ぎよ、私から見たらね」


そりゃあオメーは助けてくれそうな奴がゴロゴロいるだろうから、そう言うのかもしれねーけどさ。


「もっとさぁ、恋人いる自覚持ちなって。その子にももっと黒羽くんに恋人がいるんだって自覚持たせなきゃよ。そんなんじゃ、元サヤ戻ってもまた捨てられるわよ」
「オメーの言いたいことはわかるけど、」
「結局相手が女なら『どっちも大事』は通用しないのよ。あんたにとっての最優先があおいなのか幼馴染なのかはっきりさせなさいよ」


フン、と鼻息荒く園子ちゃんは言う。


「その言い方だと、復縁薦められてるみたいに聞こえんだけど?」


そう言った俺に、園子ちゃんは一瞬俯いた。


「…あおいが病室で目を覚ましてから、ずっと虚ろな目をして心ここにあらずみたいな顔だったのよ。誰が何を話しかけてもね。でも、」
「俺には反応した」
「嫌いすぎて泣いた説もあるけどね」
「そーじゃねぇといいけどなぁ」


あおいちゃんは、俺のことも忘れていた。
…俺のせいで傷ついたことを、忘れていた。
それを思い出したくなくて泣いたのか、それとも…。


「警部の話によるとあおいがもしかしたら、犯人の顔を見ていて、狙われるかもしれないって」
「えっ」
「だから退院後、1人暮らしのあおいをどうするか今ちょっとモメてて、あと2〜3日は病院にいると思うわ」
「退院したら、あおいちゃんはどうなる?」
「たぶんうちが世話をすると思うわ。パパもママも、前の誘拐事件の恩が返せるってノリ気だし」
「…園子ちゃんちなら安心だな」


そう言った俺の顔を見て、園子ちゃんはニヤリと笑った。


「でもうち、基本私と同世代の男の出入り禁止だからあんた来れないわよ」
「マジかー」
「まぁあおいがもうちょい元気になって、犯人も捕まったら、外に連れ出してやるわよ」


それまで身辺整理しときなさい、と、園子ちゃんは言った。
そして何かあった時のためにと、強制的に番号交換させられてから、江古田駅で園子ちゃんと別れ家路に着いた。
…俺に対して全部忘れるからって言ってたのはあおいちゃん自身なのに、まさか言った本人が本当に全部忘れちまうなんて皮肉なものだ。
そしてそれから2日間、病院に通った。
病室でマジックを見せたら、無表情ながらもそれに反応して目線を向けるようになっていた。
それは確かに園子ちゃんの言うとおり、他の人間には見せない反応だったと思う。
そしてあおいちゃんが退院する当日。
予定通り園子ちゃんちに行くこととなり、俺はしばらくお払い箱となる。
…って、引き下がるわけねーじゃん?この状況で。
最初はただ忍び込むか、くらいな安易な気持ちだったけど、フッと思ってしまった。
「俺」に反応したのであれば「キッド」にはどういう反応を示すだろうか、と。
「俺」ほど過ごした時間が多いわけじゃないが、それでもあの子にとっては曰く「恩人」なわけだし。
試してみる価値はあると思った。
だからキッドの姿で、あおいちゃんがいるであろう部屋に忍び込んだ。


「こんばんは、お嬢さん」
「…」


キッドを見ても反応なし(そもそも焦点が合わない)


「側に行っても?」
「…」


問いには頷いて答えてくれているので、聞こえてはいる。


「誰、です、か?」


近くまで行くとようやく、あおいちゃんが言葉を発した。


「あなたの王子、…に、なりきれなかった、しがない魔法使いですよ」


あおいちゃんの前で跪いて、顔を見上げるようにそう言った。
直後、


「快斗、さん…?」


はっきりと、でも間違いなく、俺の名前を言った。
何故ここで認めてしまったのか、自分でもわからないけど。
でもこんな状況下でまで、嘘など吐きたくなかった。


「快斗さんの瞳は、誰より優しく、綺麗だから、すぐ、わかる」


あおいちゃんは依然として無表情のままだけど、はっきりとそう言った。
「俺」だからすぐにわかる、と…。


「ごめんな…。きっと俺のせいだ。事件のことだけじゃなく、今までの全部を記憶から消してしまったのは…!ほんとにごめんっ」


懺悔するかのように告げる俺の頭を、あおいちゃんは撫ではじめた。


「『私』と、何か、あった…?」
「…すげー、傷つけちまったんだ。…記憶を失くす前のあおいちゃんは…もう、俺に会いたくなかったかもしれない」


そう言った直後、あおいちゃんの手がピタリと止まった。


「よく、覚えてない、けど、」
「うん」
「ち、がう、と思う」
「え…?」
「病院で、快斗さんを見て、たぶん嬉しいって、涙、が、出てきたと、思う、し、」
「…」
「会いたかった、の、かも…」


顔は依然、無表情のまま。


「俺たぶん、あおいちゃんに嫌な思いもさせちまったし、いっぱい泣かせちまったと思う」


それでも以前と変わらない、漆黒の瞳は、しっかりと俺を写していた。


「そーいうの全部忘れた時に言うことじゃないのもわかってるけど、…また一から俺を好きになってもらえるよう頑張るよ」
「…好き、に、」
「何度でも、好きにさせる」


夜の闇よりも深い、


「それで、今度こそあおいちゃんが離れていかないようにする。…そりゃあ、たまには泣かせちまうかもしれねーけど、今度こそ、あおいちゃんが言葉に出来ない思いも全部、聞くよ」


俺だけの黒曜石。


「こんなん言うの、俺だけだろーけど、…思い出さなくていーよ。事件のことも、…俺に傷つけられたことも。忘れたままでいていい」


あおいちゃんの額に、自分の額をくっつけるように顔を近づけ、


「そうしてもう1度、俺に恋してくれる?」


祈るような思いでそう口にした。


「こ、い…?」
「そう。嫌?」
「…わ、からない…」
「じゃあわかるまで、一緒にいよう」


こんな時に不謹慎だとは思う。
でももし、この子がまた俺といてくれるなら、このまま記憶が戻らないでくれ、なんて。
そんなことすら思っていた。

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bkm

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