■なみだ
「あおい!フルーツ持ってきたよ!」
「ありがとう、ございます」
この人は、鈴木園子さんと言う。
その後ろにいるのが、毛利蘭さん。
「ほしいものとか、食べたいものあったら、なんでも言ってよね!」
昨日、目が覚めたらこの人たちが泣きながら私を見ていた。
どうして泣いているのかも、この人たちが誰なのかも、そもそも、私自身が誰で、なんでここにいるのかもわからなかった。
園子さんと蘭さんが、バタバタと動き出した後、いろんな人が部屋を出たり入ったりして、私は今、自分のこともわからない病気なんだと言われた。
「私は園子よ、鈴木園子!こっちが蘭ね。心配いらないわよ!私も蘭もついてるから!」
「うん。私も園子も、あおいの側にいるよ」
そう言われたけど、ただそう言われた、と、思っただけで。
そうなんだ、としか、思えなかった。
園子さんも蘭さんもたくさん私に話しかけてくる。
それに何も思うことなくただ聞いている私に、園子さんも蘭さんも、悲しい顔をするようになるのは、ほんの少しの時間だけで十分だった。
「今日は天気もいいし、中庭に行かない?」
「…は、い」
目が覚めてから3日目のお昼のご飯を食べた後。
蘭さんは今日も私のところにやってきた。
中庭に、「たんていだんのみんな」も来てるから、と言われたけど、それが何かもわからずにいた。
「あおいお姉さーん!」
「あおいさん、大丈夫ですか?」
「姉ちゃん俺のことは?覚えてねーの?」
大柄な男の人と、5人の子どもたち。
園子さんや蘭さんのように、この人たちも私を知っているようだった。
「あおい姉ちゃん…、大丈夫?」
メガネの男の子、コナンくんが話しかけてきた。
この子は見たことある。
病室で目が覚めた時、園子さんや蘭さんと一緒にいた子だ。
この子に、こくん、と頷くと、この子もやっぱり、悲しそうな顔をしていた。
「ワシのことも覚えとらんか?阿笠博士じゃ!ほれ、君もよく知っとる、工藤新一くん家の隣に住んどる天才科学者じゃよ!」
「くどう…しんいち…」
「新一兄ちゃんのこと覚えてるの!?」
コナンくんが聞いてくる。
けど…。
「ううん。…わからない」
ただ、口にしたその名前は、他の人たちよりも少しだけ、口にしやすい名前だと思った。
それからしばらくして、
「…」
私の目の前で、男の人が1人しゃがみこんだ。
しゃがんだまま、私の顔を見上げてくる男の人の顔は、困ったような、悲しいような、そんな顔をしていた。
その人は一瞬、目線を下に落とした。
直後、
「俺、黒羽快斗ってんだ。よろしくな」
右手にお花を添えて、そう言ってきた。
何をどう思ったのか上手く言えないけど。
心の奥深くで、何かが煌めいたような、そんな感覚で。
ここで目が覚めてからずっと、初めはみんな笑顔なのに、どんどん悲しい顔をしていって。
だけどこの人は、違う。
初めこそどこか悲しそうな顔をしていたけど、今はすごく優しい顔で笑っている。
優しい、柔らかい笑顔で、私を見てくる。
胸の奥底で、また何かが、沸き起こってくるような、そんな感覚。
「あおい!?どうしたの!?」
「…わ、たし…?」
何もかもがわからない。
私が誰で、ここがどこで、どうしてここにいるのかすらも。
だから何かを見たり、聞いたりしても、何も感じなかった。
だけど…。
この人を見たら、涙が溢れてきた。
でもそれはたぶん、悲しいとか、苦しいとか、そんなのじゃなくて…。
「ダイジョーブ。俺が側にいるよ」
どうして涙が出ているのか、それもわからない。
そんな私を、その人は抱きしめてきた。
…それがとても、温かくて居心地がよく感じられた。
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bkm