■ただ過ぎ行く日常
翌日、少し寝不足の身体で学校に向かおうと家を出たら、快斗くんがマンション前にいた。
朝弱い、って言ってたのに、わざわざ米花町まで来て…。
「ねぇ、あおいちゃん。ちゃんと話し合お」
今までならきっと、快斗くんの顔も見ずに避けていたと思う。
でも今日は快斗くんの顔を見上げた。
快斗くんは、…快斗くんも、あんまり寝てないような顔をしていた。
「話し合うことなんて、もうないよ」
「あおいちゃん!」
私の腕を掴んで、真っ直ぐこっちを見てくる快斗くん。
「むしろ、遅くなっちゃって、ごめんね」
「俺は別れるつもりねーからな?」
「…快斗くんはさ、優しいから、私の話を聞いて同情して好きを勘違いしてたんだよ」
「違う!そ、りゃあ、最初は同情だったかもしれねーけど、俺はっ」
やっぱり快斗くんはカッコいいなぁ、なんて。
目の前の、必死そうに話してくる快斗くんを見ながら、そんなこと思っていた。
「大丈夫。今まで通り、…本来の姿に戻るだけだから、すぐに慣れるよきっと」
私の言葉に、私の腕を掴んでいた快斗くんの手の力が抜けたのがわかった。
「じゃあ私、学校行くね。…ばいばい、快斗くん」
快斗くんに背を向けて歩き出すけど…。
強がりとかじゃなくて、本当に涙が出なくて、自分でも不思議な感じだった。
「おっはよー、あおい!」
「はよー、園子。蘭は?」
「日直の仕事ー」
世界が元通りに、私が来る前のこの世界の姿になっていくだけ。
ただそれだけだ。
「「わ、別れたー!?」」
蘭も教室にやってきた後で、朝から言うような内容じゃないとは思ったけど、サクッと終わらせたかった私は朝イチで2人に伝えた。
「な、なんでっ!?」
「だってこの前一緒に旅行した、って言ってたのに、」
園子も蘭も(当たり前だろうけど)ものすごく驚いていた。
「んー…、もういいかぁ、って」
「…もういい、って何が?」
遅かれ早かれ、どうせ快斗くんは中森さんを選ぶ。
それはわかりきっていたことだ。
それを今だけ、あと少しだけ、って引き伸ばしてたのは私だ。
だから、もういいかぁ、って、そう思った。
「あおいは本当にいいの?」
心配そうに蘭が聞いてくる。
「私はいい、っていうか、私が言い出したことだし」
「じゃあ黒羽くんは?納得してんの?」
私の言葉に、今度は園子が聞いてきた。
「したんじゃ、ない、かなぁ?」
今朝会った快斗くんは、私と話した上で、自分から手を離した。
それはつまり、そういうことだと思う。
「席着けー」
「あ、先生来た」
そこまで言ったところで、チャイムが鳴り担任がやってきた。
いつも通り、何も変わらず授業が始まる。
そして時は流れ、快斗くんの誕生日もすっかり過ぎた頃。
園子も蘭も、必要以上に快斗くんのことを聞いてこない。
ただ、「そういうことになった」って事実だけを受け止めた感じだった。
「あんたもパーティー行きましょ」
そんなある日のお昼休み、何の前置きもなく、園子がそんなこと言ってきた。
「パーティー?」
「そ!白鳥警部の妹さんの結婚を祝う会!私はうちが白鳥家と交流あるから招待状着たし、」
「うちはお父さんが白鳥警部から招待を受けたの」
「最初姉貴が婚約者と行くって話だったんだけど、蘭が行くなら私が家族代表で行く、ってね」
「私呼ばれてないね?」
「だーから、うちが2人呼ばれてるからあんたも行こうって言ってんの!」
ね?と園子が言う。
チラッと蘭を見ても、期待を込めた目で私を見ていた。
「でも私、パーティードレスなんて、」
「この前のセリザベス号の時着てた奴でいいじゃん!貰ったんでしょ?あれ!」
ブラックスター事件の後で、クリーニングに出して快斗くんにドレスを返そうとしたら、どうせお袋着ないからあおいちゃんにあげる、って言われた。
だからうちのクローゼットの中に、あの時着たドレスが眠っている。
「あ、れは、」
「それともそれ捨てて、新しいの買いに行く?」
あ、これ園子に試されてるんだ。
快斗くんからのプレゼント(ドレスはどちらかと言うとお母さんからのプレゼント)捨てるくらいな気持ちになったかどうか、園子チェックが入ってる。
そんな気がした。
「…す、ては、しないけど、」
「けど?」
「………もう着るつもりはない、よ」
「そ?んー…、なら、パーティーにも着てけそうな奴、買いに行かない?」
「私パーティーに行くなんて言ってないよ?」
「いーじゃん!行こうって!白鳥家の娘の結婚を祝う会だよ?美味しい料理あるだろうし、あわよくばイケメンがいる!」
グッ!と拳を握りしめ園子が言う。
「蘭も行くんだよね?」
「うん!うちは私とお父さんとコナンくん、それからお母さんにも個人的に招待状着たから、結局家族総出で行く感じかなー」
あははー、と蘭は笑う。
…コナンくんも来るのか。
最近コナンくんと会ってない(意識的に避けてた)から、悩ましいところだけど。
2人が私を元気づけたいんだろうなぁ、ってのは伝わったから、
「わかった、行くよ」
全く縁もゆかりもない、白鳥警部の妹さんの結婚を祝う会に出席することにした。
.
bkm