■紡がれた言葉
お袋の忠告から数日が経ち、今年もあと少しで俺の誕生日、って頃。
「中森!ちょっとこっちに来い」
授業中、めっずらしく青子が先生に呼び出された。
典型的な学級委員タイプの青子は模範生徒でこそあれ、先生に、それももうすぐ終わるって頃の授業中に呼び出されるなんてことなかった。
だから何があったのかと思っていた。
「オメー帰んの?」
チャイムが鳴った後で席に戻って来た青子は、勉強道具をカバンに詰めはじめた。
俺の問いに、青子は答えない。
「おい?どーかしたのか?先生に何言われた?」
そう聞いたことでようやく、
「お父さんが、撃たれたって」
青子は口を開いた。
「犯人追いかけてる最中に撃たれて今病院にいるから行きなさい、って」
「…撃たれた、って、」
青子のお父さん、って、ついこの前キッドとして現場でも会った中森警部のことで。
「い、命に関わるとかだったら、どうしよ、」
中森警部が撃たれた?
「快斗、」
「え?あ、何?」
「……助けて」
何をどう思ったのかは、正直なところわからない。
けど、
「病院どこ?」
「米花総合病院」
「家帰ってからタクシー呼ぶよりもバイクの方が早ぇから乗せてく。ついて来い」
そう言って青子と2人、家に向けて駆け出していた。
家についてカバンを置き、青子にヘルメットを渡した。
「あ、青子バイク乗ったことないよ!?」
「てきとーに俺に捕まりゃいいだろ」
「適当に捕まる、って、」
「早くしろ!」
もたつく青子に声を荒げ急がせた。
幸か不幸か、米花総合病院はあおいちゃんちに行く途中にある見知った道だ。
地図を確認するまでもなく、バイクを走らせ病院に到着することが出来た。
そして青子のオヤジさんのいる場所に行くと、
「おお、青子!すまんなぁ、快斗くんもわざわざ来てくれたのか」
「お父さん!大丈夫!?」
案外元気そうな中森警部がいた。
なんでも銃弾が足を掠った程度で済んだらしいが、位置が悪かったのか出血量がなかなか酷く、同僚から学校に連絡が着たらしかった。
「もぉ!驚かさないでよぉ!」
そう言う青子は怒りながらも笑っていた。
…そーいやコイツがあんな切羽詰まった顔してんの久しぶりに見たな。
まぁ、大事にならなくて良かったぜ。
本当にそう思った。
その後、看護師からの説明やら何やらで全て終わった頃には日もすっかり暮れていて。
オヤジさんは1日入院らしく、なら青子と2人家に帰るかとバイクを正面玄関に回してくるから待ってろと青子と離れていた時、
「快斗くん?」
あおいちゃんの声がした。
えっ、と思い振り返ると、やっぱりあおいちゃんで。
「「なんでここにいるの?」」
2人の声がハモった。
お互い何かを言おうと口を開きかけた時、
「快斗ー、やっぱり青子も行くよ」
青子がやってきた。
瞬間、あおいちゃんの身体がビクッと動いたのがわかった。
「あれ?あおいちゃん?え、なんで?」
青子の問いにあおいちゃんは目線を落としながら困ったように笑った。
「待っ、」
「あおいくん?どうした?」
「博士!薬は?貰えた?」
博士と呼ばれた人は、腰のあたりを擦っていた。
「ほれ、この通り」
「良かった。哀ちゃんだけだったら博士をタクシーに乗せられなくて、問答無用で救急車呼ばなきゃだったと思うからほんとに気をつけてよ?」
「すまんのぉ。哀くんも心配しとるじゃろぉし、早く家に戻ろう」
博士の言葉を受けて、あおいちゃんは1度俺たちに頭を下げてから、博士に肩を貸してタクシーに乗り込んだ。
「あおいちゃんの、…おじいちゃん?お父さん?に、は、見えなかったよね?誰?」
ー次に同じことあったら、今度こそあなた捨てられるわよー
ヤベー、って。
これ絶対マズい、って。
数日前のお袋の言葉と共にそんな言葉が脳内駆け巡った。
でも今回は仕方ねーだろ。
例えまた今日と同じことがあっても、俺はきっと、青子を連れて病院に来ると思う。
それくらい切羽詰まった状況だった。
青子は俺にとっての幼馴染であると同時に家族のような存在で。
そんな奴から助けてなんて言われたら、俺はきっと何度でも同じ選択をすると思う。
あおいちゃんは青子のことが嫌いと言った。
でも今回は例外だろう?
あの子は今回のこと、話せばわかってくれる。
そんな淡い期待を何より自分自身に言い聞かせた。
お袋が言った「青子との近すぎる距離」ってのが、あおいちゃんにどう写っていたのか正確に理解していなかったんだと、後になって思うけど。
家に帰って青子と別れ、速攻あおいちゃんに電話をかけた。
電源自体を落としてる可能性も考えたけど、今日はきちんとコールされて。
「はい」
数コール後、あおいちゃんが電話に出た。
「良かった、出てくれて」
とにかく何よりも先に、今日起こった出来事を伝えようと思った。
「今日さ、青子のオヤジさんが撃たれ」
「快斗くん」
日頃あおいちゃんが言葉を被せてまで何かを言ってくることなんてないから、この時にはもう、自分の中でも結果がわかっていたのかもしれない。
「もう無理だよ」
「ち、ちょっと待って!俺の話し」
あおいちゃんは声を震わせてるわけでなく。
「今までつきあわせてごめんね」
淡々と。
いつもなら考えられないほどに、淡々と言葉を紡ぐ。
「楽しかった」
「…ねぇ、待って、」
その先に続く言葉なんて、容易に推測が出来る物で。
「ありがとう」
「あおいちゃん、待って!」
あおいちゃんは泣き虫だ。
でも今は声を震わせることなく、ただただ、「その一言」を紡ごうとする。
「さよならしよう?」
「駄目!俺納得してねぇからな!?」
「…大丈夫だよ」
「何が!?」
「直ぐに全部、忘れるから」
「忘れる、って何言っ」
「快斗くんと会えて良かった。…ばいばい」
「あおいちゃん?あおいちゃん!」
言うだけ言って、あおいちゃんは電話を切った。
こちらからかけ直しても、コールはするものの、繋がることはなく。
…それはつまり、ケータイの電源を切ったわけじゃなく、明らかに俺の電話に出るつもりはないっていう意思表示なわけで。
「クソッ!」
どうする、どうしたらいい?そんなことしか頭に浮かばなかった。
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bkm