■私にとって
「あおいにとって新一は、ただの友達?」
薄暗い部屋の中では、蘭の表情がよく見えない。
蘭は今、どういう気持ちでそれを聞いているんだろう。
蘭はやっぱり…。
「…答えられない?」
「あ、ううん!違うの、」
私が黙っていたら、蘭がちょっと困ったような声をしたのがわかった。
それはきっと蘭のことだから、答えない私に困ったんじゃなく、答えられないような質問をしてしまった自分に困ったんだと、そう思った。
「私ね、1人で『ここ』に来たんだ」
蘭が今、本当のところで工藤くんをどう思ってるかはわからない。
「本当に1人で来たの」
でも、これはちゃんと答えなきゃいけない、って、そう思った。
「よくわからないまま『ここ』に来た私に、1番最初に優しくしてくれたのが工藤くんだった」
「…うん」
「あの人さー、口も態度も悪いけど、面倒みすごくいいじゃん?蘭もそう思わない?」
「…うん、そうだね。新一はなんだかんだで優しいよね」
「うん。私もそう思う」
私が「ここ」に、「この世界」にきて最初に出逢った人がもし工藤くんじゃなかったら、今こんなにも幸せに暮らせていなかったんじゃないか、って思う。
「工藤くんはさ、そりゃーつきあいはまだ1年とかそれくらいだけど。…でも本当に『ここ』に来た、最初の日に出逢って、それからずっと私によくしてくれる人なんだ」
自分の現在地もわからなかった私を、マンションまで送り届けてくれたのは工藤くん。
携帯がない私に、同意書にサインする保護者を見つけてくれたのは工藤くん。
学校までの行き方がわからない私に、いつもマンションの前まで迎えに来て連れて行ってくれたのも工藤くん。
不便のないように、私が困らないように、いつもいつも声をかけてくれるのは工藤くんだ。
「だからまだ1年とかだけど、工藤くんは友達って言うより…」
工藤くんは、工藤くん自身だけじゃなく、優作さんや有希子さんにも私を紹介してくれた。
阿笠博士にだって紹介してくれた。
私にも「大人の知り合い」が出来るように、力になってくれた。
「私にとって『ここ』での家族みたいな人かな、って」
は?オメーみてぇな妹お断りだ、っていうにゃんこの姿が目に浮かぶけど。
それを言われたらもう、私がお姉ちゃんかもしれないじゃん、て返すしかない。
…そもそも全くの赤の他人を無償でロスやらハワイに連れて行ってくれるなんてあり得ないことだと思う。
そりゃあそれは工藤くんのお金じゃなく、優作さんのお金だけど。
でもそういうことじゃなく、それこそ、家族旅行みたいな空気の中目いっぱい楽しんで滞在出来てるのは、何よりも工藤くんのお陰だと思っている。
…本人にはきっと、言うことはないだろうけど。
「快斗くんのことも、さ、」
「うん?」
「悪いことしてるわけじゃないし、言ってもいいのかもしれないけど…」
「…」
「私ひとりっ子だから本当のところはわからないけど、家族やお兄ちゃんにそういう話、しにくくない?」
私の言葉に
「あぁ、そうかもしれないね」
蘭は同調してくれた。
「でもそっか…。家族なら、仕方ないね…」
家族なら何が仕方ないのか…。
私の言葉に蘭はそう呟いて、私たちも寝よう、ってそこから部屋は静寂に包まれた。
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bkm