■パニック貸し切り風呂
バイクを休み休み走らせること4時間とちょっと。
14時には無事に目的地の旅館に到着した。
「黒羽様ですね。お待ちしておりました。チェックインのお手続きお願いします」
「はいはーい。あおいちゃん、あっちで浴衣選べるって。先に見ててよ」
「うん!」
快斗くんが選んでくれた旅館は、浴衣と帯を自由に選ぶことができるところで。
えー、浴衣なんてどんなの着ればいいのかな。
色で選べばいいのかな?
それとも柄で選べばいいのかな?
快斗くんも浴衣着るんだよね?
そう言えば、去年は快斗くんとおつきあいして初の夏だったけど、キッドだなんだで夏祭りなんて話一切出なかったし私からも出さなかったから、快斗くんの浴衣初かも…。
え、うそ、快斗くんの浴衣!?
絶対似合うじゃんね!?!?
「あおいちゃん、気に入ったのあった?」
「えっ!?あ、い、いや、どれがいいのかわかんなくて…」
「どれどれー?」
チェックインが終わった快斗くんも浴衣を見に来た。
「んー…、あおいちゃんだとコレとか?」
快斗くんが選んだのは、小花柄のパステルカラーの浴衣だった。
「彼氏さん、センスいいですねー!小柄な女性にはパステルカラーとか、淡い色で、柄も小さい物の方が似合うんですよ」
部屋まで案内してくれるらしい仲居のお姉さんがニコニコと笑いながら説明してくれた。
ほぅほぅ、とお姉さんの話に頷いて、快斗くんオススメの浴衣に決めた(快斗くんは自分の浴衣もサクッと決めていた)
「お部屋がこちらになります」
仲居のお姉さんに案内された部屋は、絶景!!ってわけではないけど、草津の町並みがチラリと見える部屋だった。
諸々の説明を終えて部屋から出て行ったお姉さん。
の、姿を見送った直後、
「さて!じゃあ風呂行こっか」
快斗くんがにこやかに言ってきた。
「そ、そうだね!浴衣着て行こうかな?」
「とりあえず、2時間貸し切りだから行こうぜー」
すごくニコニコしながら言ってきた快斗くんの言葉を、頭が理解するまでに少し時間がかかった。
「かしきりっ!?」
理解した直後出た声は、裏返っていた。
「え?俺言ったじゃん。貸し切り入ろーって」
「い、いやいやいやいや、聞いたけど、」
「だろ?だから行こうぜ」
「ちちちちちょっと待って!そういうの夜入るんじゃないの!?」
「なんで夜なの?」
「えっ!?なんで!?なんでってなんで!?」
「だって借りれる時間、早い者勝ちだし、早く入った方がいーだろ」
な?って快斗くんは言うけどさ。
待って待って待って待って待って。
まず大浴場で体を清めてから一緒にお風呂って流れになるのでは!?
「いやいや、どーせ入れば一緒だって!」
「一緒じゃないじゃんっ!!」
「ほーら、2時間しかないんだから行こうぜ」
「しかも2時間て長くないっ!?」
「あ、浴衣は持ってこ。向こうで着ればいーだろ」
そう言って快斗くんはグイグイ私の手を引いて歩き出す。
はっ!?今日1番のイベントを先に終わらせるの!?待ってだってそんなお夕飯の後でまったり一緒にお風呂とかくらいな気持ちだったのにそんなだっていきなりメインイベントとかだって待って私そんなつもりじゃ
「嫌だった?」
「え」
「やっぱり止める?」
快斗くんがすごく。
ものすごーーーーーーく、悲しそうな顔でそう言って来て。
快斗くんのそんな顔見たら、とりあえず一旦止めようなんて、言えるわけないじゃん!!
「だ、だいじょう、ぶ」
「ほんと!?良かった!」
パァァ、って言葉がぴったりくるくらい、私の返事を聞いた快斗くんの顔が輝いた気がして。
…ど、どうせいつかは一緒に入るんだし、それが今か夜かの違いなだけで、そうだよ、今になっただけ、今になっただけ、今に
「ほら、あおいちゃんも脱いで脱いで」
「ちょっと待ってっ!!!」
気がつけば快斗くんはもう上裸になっていて。
「あおいちゃん、やっぱり入りたくない?」
「っ、はっ、」
「は?」
「はいっ、る、けどっ!ちょっと待ってっ!!」
いきなりそんな一緒にお風呂なんてただでさえすでにパニックになりかけてるのになんでそんなもう!!
「とっ、ととととととりあえず、私っ、先に入るから!快斗くんはあっち向いてて!」
「え?いや、一緒にはい」
「あっち!向いててっ!!呼ぶまで入ってきちゃダメ!!」
「…はーい」
快斗くんに反対側を向いてもらって、大きく数回深呼吸。
よし、と、覚悟を決めて服に手をかけ、ぱぱぱっとタオルを巻いてお風呂場に突入した。
…しかも露天風呂なんて!!
お昼の露天風呂に一緒になんて、いきなりハードル高すぎじゃない!?
「あおいちゃーん?まだぁ?」
「あ、う、うん、いい、よ」
と、とりあえず快斗くん入ってくる前にお風呂の中に入るって選択は大正解だったと思う。
だって、そんなもう目のやり場に困るじゃん!!
だったら先に入って、入り口と反対側見てればよくない!?
「おー、結構いい景色じゃねーか!」
ビクリ!と自分でもわかるくらい、快斗くんの声に体全体で反応してしまった。
…ひー!快斗くんもお風呂入ってくる!やだもうどうしたらいいのだってそんなこんな露天風呂でそんな私もうどうしたら
「ここのお湯、ちょうどいいな」
パシャン、と快斗くんが立てた水しぶきの音が響いた。
…ぎゃー!もう!そこに!!どうしようどうしようでもそんな振り返るとか無理なんだけどっ!!
私がうわぁぁ!って考えてる間、1番最初に立てた後以外、快斗くんの方から音が全くしなくて。
あれっ?て。
何も声も、音も、しないことに不思議に思って、チラッと少しだけ快斗くんの方に目をやった。
瞬間、
「っ!!?」
いつの間にか真横に来ていた快斗くんと目があって。
快斗くんはニヤァ、と笑ったかと思ったら、
「つーかまーえた!」
語尾にハートがついた!ってくらいの陽気な声で快斗くんが抱き着いてきた。
「ぎゃー!?」
「なんだよ、ぎゃーって!」
私の反応にあはは、と声をあげて笑う快斗くん。
そんなだってそんなそんなそんな
「あおいちゃんと一緒にこんな広い風呂入れるとか、俺今ちょー幸せ!」
うわぁぁ、ってなってる私の目に、本当に本当に嬉しそうな顔をしてる快斗くんが写った。
「そ、」
「うん?」
「そん、なに、嬉しい、の?」
私の言葉に快斗くんは一瞬目をぱちぱち、とさせた後、
「当たり前じゃん!すっげー嬉しい!」
すっごい優しい顔で笑った。
…そんな顔見たら、離して、なんて、口が裂けても言えるわけなくて。
「は、恥ずかしい、とかは?」
「えっ、でももうあおいちゃんに俺の身体の隅から隅まで見られてるよね?」
「そっ!れと、これとは、」
「俺もあおいちゃんの身体の隅から隅まで見てるし、なんなら自分じゃ見えない位置のホクロの場所教えてやろうか?」
「やめてぇえ!!」
けけけ、と快斗くんは笑う。
快斗くんはちょっとこう…、私を楽しそうに追いつめてくる時にこの笑い方をする。
この笑い方をしてる時の快斗くんはちょっといやらしい。
と、思う。
露天風呂だから、お湯がちょっと高めに設定されてて、このままじゃのぼせちゃうよ、って言ったらじゃあここに座れば半身浴になるよ、って、ちょっと段になってるところに快斗くんが座って、その快斗くんの膝の上に横向きに座ってお話してた。
ゆったり広めな露天風呂なのに、こんなにくっついて入ってるのはそれはそれで勿体ない気がする。
「はぁぁ…、俺マジで今ちょー幸せ」
快斗くんは私の鎖骨辺りにピタッと顔をくっつけて、しみじみとそう言った。
「なんかさー、最近ちょっと、…バタついてってゆーかさ…」
快斗くんがその体勢のまま、ボヤくように言う。
「最近あおいちゃんといちゃいちゃしてねーな、って思ったらもう何がなんでも2人っきりになれる場所でゆっくりしてーって思ったんだよな」
「…嫌なことでもあった?」
「ん?んー…、嫌なことって言うか、な…。人間みんな自分勝手に生きてるよなー、って思ってさ」
快斗くんは詳細は語らない(というか語れないんだろうけど)
でもここ最近であったことと言えば、黄昏の館のこと、四名画のことで。
2つとも、怪盗キッドの、快斗くんの名前を語る人の犯行だった。
「ねぇ、快斗くん」
「うんー?」
「確かにさ、みんな自分勝手で、きっと私もそうなんだけど、」
「うん?」
「でも、私は快斗くんの味方だよ」
「え?」
「快斗くんの『願い』が叶うように、私は味方でいるよ」
少し熱くなったみたいで、快斗くんはさっき髪をかきあげた。
だから毛先から雫が垂れて頬に伝っていて。
それはまるで、快斗くんの星空色の瞳から零れ落ちた涙のように見えた。
「ふはっ!あおいちゃんが味方になってくれるとか、俺は百人力だねー!」
快斗くんは茶化すように笑う。
そういえば、快斗くんて泣かないな、って。
映画を見て感動した、とかでは泣く、というか、うるうるさせてるけどさ。
でもツラい、痛い、とかでは泣かないな、って。
きっとすごく大変な思いをしてるはずだし、危ない思いもしてるはずなのに、泣かないな、って…。
私が泣きすぎなせいもあるし、そもそも男の人はそんなに泣かないのかもしれないけど。
でもこの時初めて、そんなことを思った。
「そーいやさぁ、聞こう聞こうと思ってたんだけど、」
逆上せる前に上がろう、って、脱衣所で涼んでいた時。
「あおいちゃん、江戸川コナンと何か関わりあるの?」
快斗くんが不意に聞いてきた。
「え?コナンくん?関わり、って、蘭の家や博士の家に行くと会うくらい?」
快斗くんが言いたいことがわからず、現状のコナンくんとの関係性について言ったのだけど。
「…この前さぁ、マンションの前で声かけられたんだよな、そのボウズに!」
思い出すように空を見ながら言う快斗くん。
「えっ、な、なんて?」
「『お兄さん、あおい姉ちゃんの彼氏でしょ?』ってさ」
飲む?って快斗くんが冷たいお水の入ったコップを渡しながら言ってきた。
…コナンくんは新一くんだから、それを知ってる私には、ああそうだね、あの人シラを切ってそんなこと聞いてちゃっかり知り合いになりそうだね、なんて思うけど、快斗くんからしらたら、いやなんでお前そんなこと知ってんの?ってなるでしょ、なってるからこれなんでしょ?
「え、えー、っと、確かコナンくんは博士の親戚で、有希子さんの親戚でもあって、」
「つまり工藤新一の親戚、ってことだろ?」
なんかわかるよなあのガキ、と言う快斗くん。
親戚どころか本人です…!
「それで?」
「え?」
「江戸川コナンとの接点は、蘭ちゃんちと博士んちで会うくらいなだけ?」
あ、私この顔知ってる。
快斗くんが「何か」を疑ってる時の顔だ。
…でも何を!?!?
「こ、この前の黄昏の館の時、一緒に出かけたけど、」
「あぁ…」
「あ、と、は、…あ!クイーンセリザベス号の時も一緒だった」
「ふむ…」
「で、でも『コナンくん』とはそのくらいだよ!」
「…コナンくん『とは』ね…」
一瞬、デジャヴのようなものを感じたけど、いつなんの時のデジャヴなのか…!
え、快斗くん何か疑ってるの?
でもなんで?
いや、なんでも何も、絶対あのおバカにゃんこがなんか口走ったんだよ!
もうおバカ!!
ほんとにおバカなんだから!!
「ま、いーや」
「え?」
「涼しくなってきたし、浴衣着ようぜ」
快斗くんはそう言った(ちなみに今はバスタオル巻いてる)
…何がいいのかわからないけど、ツッコミを入れるのは危険だと察知した私は何もなかったことにする!!
そう思い、そそくさと浴衣を着るのだけど、
「あ、ほら、もう少し…このくらいえり抜きすると綺麗に…」
なんかおかしいなぁ、って思ったら、えり抜きしてなかったようで。
そこに目ざとく気がついた快斗くんがササッと着付してくれた。
浴衣も着付できるとかさすが快斗くん…!
「こ、これでいい?」
「…」
「快斗くん?」
「やっぱりもう1時間延長させてもらう?」
「逆上せるから!ほんとに!!」
冗談冗談、って笑う快斗くんが、どこまで冗談かわかったものじゃない(なにせプロだし…!)
そんなこと思いながらなんとか浴衣も着て、部屋に戻った。
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bkm