■ファム・ファタール
「そろそろ動いて大丈夫かしら?」
ボウズが出てってからしばらくした後で、槍田さんが呟くように言った。
「おー、もういいんじゃねーか?」
「じゃあ俺たちも行きますか」
茂木のオッサンが答え、俺もゆっくり立ち上がり約束の場所、食堂へと向かう。
「ところで茂木くん。あなたの倒れ方嘘臭すぎて笑いそうになったんだけど」
「名演技だっただろ?」
「画像の荒いカメラに救われたわね」
「そんなことより俺は槍田さんに寝かされた2人の様子を見に行ってくるから、先に食堂に行っててくれ」
茂木のオッサンと槍田さんが話してるところに、割って入る。
「まーまー、ボウズの方も直ぐに結論はでねーだろうし、みんなで行こうぜ」
「そうね。私も気になるし」
そう言われ、3人揃ってあおいちゃんたちのところに行くことになった。
この瞬間に、あ、コイツらにも正体バレてんな、って思った(俺を1人にさせないためだろ)
「あぁ、皆さん、お揃いで」
あおいちゃんたちが寝かされてるトイレのある廊下で白馬と合流。
なんでもコイツも食堂に行く前に女性2人の安否確認に来たんだとか。
「よく効いてるみたいね。…脈拍も異常ないし、もうしばらくはこのままにしておいた方がいいと思うけど?」
容態確認をした槍田さんが言った言葉に一同頷く。
じゃあ食堂に向かうぞ、ってなった時、白馬が俺の隣に来た。
「心配されなくても、毛利さんの特性睡眠スプレーだと聞きましたが?」
「特性じゃねーよ。知り合いから貰った奴だ」
「そうなんですか?ですが即効性もあるあんな物騒な物、毛利さんには必要ないと思いますけどね。確か柔道を嗜んでおられましたよね」
まー、そうだろうよと思っていたが、白馬にももちろん、この段階で正体がバレているようで。
どの段階でバレたのか知らねーが、やっぱり決め手はあの睡眠スプレーだ。
まぁ今回ばっかりはしかたねぇ。
「バカヤロー、歳とともに体力も衰えてくるから護身用に必要なんだよ!」
「そういうことにしておきましょう」
そして食堂に行き、探偵ボウズが千間のバアサンを問い詰め、そもそもの謎、この館に隠された烏丸の財宝を解いた。
そして、
「どうしてくれんだ、俺の一張羅!」
「だから言ったんですよ、こんな子ども騙し無意味だと」
「あら、文句ならあのボウヤに言ってくれる? 子ども相手ならきっと脱出方法を教えてくれるって言い出したの、あの子なんだから」
「えへへー!」
「ま、まさか、私からそれを聞き出す為に死んだフリを?」
全てのタネ明かし。
俺たちも食堂に入るが…。
あの烏丸蓮耶の財宝がこんな時計1つだと?
そんなわけがない。
それに聞こえるこの微かな地響きのような音と揺れ。
…これはひょっとするとひょっとするな。
「さて、警察のヘリも来ますし、各自部屋に荷物がある人は取りに行ってください。…毛利さんはその後で、あおいさんを起こしに行きますよね?」
ニッコリと俺を見ながら笑って来やがる白馬。
「あぁ、そうだな」
「ではあおいさんたちのことは毛利さんとコナンくんにお任せしましょう。かけておきたい言葉もあるかもしれませんし、何よりここからは早々に逃げられませんからね」
そう言って白馬は立ち去った。
…ニャロォ、ほんといちいち腹立つ奴だな。
「ん?なんだ?」
「…べっつにー。早く荷物持ってあおい姉ちゃん起こしに行こう」
ボウズはそう言って足早に部屋に入っていった。
…これどーやって抜け出そうかな。
とりあえずこの山奥から離れるためにヘリに乗って、いざとなったら警視庁の人間にバケて逃げるか。
そしてあおいちゃんたちを起こしに向かう。
「あおい姉ちゃん!あおい姉ちゃん!」
「んー…ふぁぁ…」
やわやわと開けられた瞼の奥に、漆黒の瞳が現れた。
えー、そのいつになく眠そうな顔も可愛い。
目が覚めたあおいちゃんに簡単に経緯を話して、到着した警視庁のヘリに乗り込むことになった。
しかも俺の両脇は白馬と茂木のオッサン!
逃がす気ねーぞオーラがすげぇけど、甘いぜ探偵くんたち。
眠らされさえしなければ、一瞬の隙を突いて逃げることなんて余裕だ。
…それこそ、工藤新一がいないならいつでも逃げられる。
ヘリに乗る直前にあおいちゃんを見たら、顔色も悪くなく、ちゃんと歩けてるし大丈夫そうで安心した。
だからこそ、いつでも逃げられる。
「どうしても解いてほしかったんだよ。父が私に残したあの暗号を。私が生きてるうちに、あなたたちのような名探偵が集まる機会なんてもう2度とないと思ったから」
…父が残した暗号、か。
そうだな…、方法が違っただけで、千間のバアサンは結局、俺と同じなのかもな…。
「どうやら、烏丸蓮耶にとり憑かれていたのは私の方だったのかもしれないね」
そう思った直後、バアサンは窓ガラスを叩き、一気にドアを開け放ち、空中へと飛び降りた。
「退けっ!!」
俺の前にいた茂木のオッサンを押し退け、その後を追うように空中へ身を投げ、ハンググライダーを広げた。
「おい、バアサン!死に急ぐには年食いすぎてんじゃねーのか?」
「バカ言ってんじゃないよ。あなたを助けてあげたのさ」
俺の言葉に千間のバアサンは呆れた顔をした。
「あなたの名を語って晩餐会を開いたお詫びにね。こうでもしなきゃあなた、逃げられなかったよあの子たちから」
そう言ってヘリに目をやると、
「特に妙な時計であなたを狙ってたあのおチビちゃんからはね」
その言葉通り、何かで俺を狙うような仕草をしている探偵ボウズ。
「バレてたのね」
「タバコだよ。毛利小五郎はヘビースモーカー。あなた館に来てから1本も吸わなかったろ」
なるほど。
だから他の奴らに気づかせないようにと、自分の前でタバコを吸うなと言ったのか。
バアサンの前以外でも吸わなかった結果、だな。
「それとあなたが連れてきたお嬢ちゃん。あの子も探偵かい?そうは見えなかったけど」
「え?」
千間のバアサンはいきなりあおいちゃんの話しをした。
「気のせいじゃなかったらあのお嬢ちゃん、大上さんと1度も話しをしていないどころか、目も合わせてないわよ。…まるで死ぬ人間と知っていて、関わらないようにしているかのようにね」
ーあの子は知っているのよ。あなたの『運命』をー
「何者だい?あの子は」
「…そうだな、俺のファム・ファタール、ってところだ」
「ほっ!あのお嬢ちゃんがあなたを破滅に導く女だって?」
「あれっ?バアサン知らねーの?ファム・ファタールの本来の意味は、魔法にかけられたように強烈に惹かれる運命の女のことを言うんだぜ?」
俺の言葉にバアサンはやれやれと大きなため息を吐いた。
「それにしても残念だったわね。あなた烏丸の財宝を狙って来たんだろう?」
「あぁ、そのつもりだったがやめとくぜ。あんな物、泥棒の風呂敷には包みきれねぇからな」
そう言いながら千間さんの手を離し、ヘリがおってこれない別のルートを飛んだ。
ーまるで死ぬ人間と知っていて、関わらないようにしているかのようにー
大上のオッサンが主催者だと知っていた、のか?
工藤新一に聞いていた可能性はあるよな…。
だからって殺されるとはわかるわけねーはずだし。
ーあの子は知っているのよ、あなたの『運命』をー
「まさか、な…」
ポツリと呟いた言葉は、黄金色に染め上がる空に溶けていった。
.
bkm