■私に出来ることを
「あおい、いらっしゃい!…無理言ってごめんね」
「全然大丈夫だよー!」
黄昏の館で催される晩餐会、当日の朝。
毛利探偵事務所に行くと、申し訳なさそうな蘭が大荷物を用意して出迎えてくれた。
「で、これがコナンくんがお腹空いた時用のお菓子、こっちのポケットにエチケット袋。ゴミ袋は別に用意してあるから、それは大丈夫。ここには念のためうちの住所とかも書いてあるコナンくん用のおくすり手帳が入ってるから、もし何かあったらこれを見て」
蘭てA型かなぁ…?って思うくらい、ものすごい準備してた…。
私から言わせてもらえば、たぶんコナンくんにはコーヒー用意しておいたらそれでOKだと思うし、エチケット袋なんてなくてもなんならオジサン直ぐ車止めて道端で…って感じの人だし、そもそもおくすり手帳持って行っても安易に医者に見せれない人がそこにいるから必要ないと思うのね。
って、思っても、石橋をものすごい勢いで叩いてる最中の蘭を無碍にできないから、
「わかった、任せて!」
とだけ言った。
問題はコナンくんより、途中のスタンドで捨てられるオジサンだし…。
「コナンくんも、あおいの言うことよく聞いてね?」
「はぁい」
「あと、お父さんが暴走しそうだったら止めてね…」
「あ、うん…」
蘭の苦労を垣間見る言葉に、コナンくんが苦笑いしながら答えた。
「おぅ、お前ら準備できたか?」
「お父さん!あおいやコナンくんの前で、あんまりタバコ吸わないでよ!?」
「わーってるよ!おら、お前ら行くぞ。レンタカー予約入れといたから、ここから10分くらい歩くぞ。自分の荷物は自分で持てー」
「「はーい」」
「じゃあみんな、気をつけてね!」
「いってきまーす」
最後の最後まで心配そうに見送っていた蘭を残して毛利探偵事務所を後にした。
「よーし、まずは景気づけに1本!」
無事車を借りて、さぁ行こう!ってなった瞬間にタバコに手を伸ばしたオジサン。
ここで反対してやっぱり行くの止める!なんて言われても困るし、なんの景気づけなのかわからないまま、オジサンのタバコを止めずにいた。
別にバカにされたわけじゃないけど、バカにされそうって感づいた私は、地図が読めるコナンくんに助手席を譲ったから、後部座席に座る私のところにはそこまで煙は来なかったし。
「あおい姉ちゃん」
「うん?どうかした?」
1回目のトイレ休憩の時、コナンくんが声をかけてきた。
「ちょっと気になってたこと、聞いていい?」
「うん、なぁに?」
「4月の終わり頃、あおい姉ちゃん、彼氏と喧嘩したでしょ?仲直りしたの?」
「………えっ!?」
コナンくんと話す時は無意識に少し身体を屈めている私は、おかしな姿勢のまま固まってしまった。
「えっ、なんっ、」
「僕さぁ、新一兄ちゃんからお願いされてるんだよねぇ」
「な、なにを?」
「あおい姉ちゃん、彼氏とよく喧嘩して泣いてるから気にかけてやって、って」
「ま、ままま待って待って!よくなんて喧嘩してないからっ!そ、そりゃあ、たまにはちょっと?嫌なこともあるけど、べ、つに、喧嘩ってわけじゃなくて、」
「そう?じゃあ聞き方変えるけど、4月の終わりにあった彼氏との嫌なこと、解決したの?」
ジーッと私を見てくるコナンくん。
…待ってよ、だって新一兄ちゃんからお願いされてる、なんてあなたが新一兄ちゃんじゃん!
気づかれてないと思ってなんなの、その大胆な探りの入れ方!
おかしくない!?
おかしいよね!?
だって私今、小学生から「オメー、彼氏と上手くいってねーんだろ」って言われてるんだよね!?!?
「あ、あのねぇ、コナンくん。コナンくんはまだ小学生なんだから、そんな大人のことに口出しちゃ」
「大人ってなに?」
「え!?な、なに、って、」
「あおい姉ちゃん高校生でしょ?まだ大人じゃないんじゃない?それに僕たぶんあおい姉ちゃんより勉強できるし、判断力もあるし、運動もできるけど、あおい姉ちゃんの言う大人って何?」
うぐっ、と唸るようなことをコナンくんが言いやがった…!
気持ち的にほんとうに「言いやがった」がピッタリだと思う!
「…………か、家事が出来る人のこと?」
「……まぁ、確かに僕家事出来ないけどさ」
「で、でしょー?ほら、だから口出しちゃダメだって!ね?」
「……………」
私の言葉に、コナンくんはジーッと見た後で、
「はぁぁ…」
大きな大きなため息を吐いた。
「まぁとにかく、新一兄ちゃん今忙しくて近くにいなくても、あおい姉ちゃんのこと心配しるから、何かあったら直ぐ新一兄ちゃんに言ってね」
僕に言わなくてもいいからさ、とコナンくんは話しを終わらせた。
…新一くん、4月の快斗くんとのちょっと険悪な(というか、私が一方的に、だけどさ…)時期のこと、気づいてたんだ。
あんまりコナンくんとは接触してなかったと思ったけど、やっぱり見るとこ違うんだろうなぁ…。
あんまり新一くん(というかコナンくん)からツッコミ入れられないように気をつけなきゃだな…。
なんて思いながら、再び車に乗り込んだ。
そして黄昏の館に向けて、順調に進んで行き、辺りも暗くなり始めた頃。
ガタン!
「うぇえ!?な、なんだ!?」
タイヤがパンクした。
…私に出来ることをする、私に出来ることをする、私に出来ることを。
「ねぇおじさん!ほらあそこ!あそこにガソリンスタンドがあるよ!」
「ラッキー!地獄に仏とはこのことだぜ!」
ガソリンスタンドに辿り着き、タイヤを交換してもらうことになった。
コナンくんにはここで、ちょっと車に酔ったみたいだから、と、席を変わってもらうことにした。
「オジサン、ついでに灰皿も、」
「おーそうだな」
灰皿のタバコを捨てるように、オジサンに声をかけた。
「私はさっき行ってきたんだけど、オジサンはトイレ、行かなくていいの?」
「トイレ?」
「ここ男女とも1個ずつしかないっぽいから、空いてるうちに行った方がいいと思うよ」
「お?そうか?ならちょっくら、行ってくらぁ」
そう言ってオジサンはいそいそとトイレに向かった。
その間、私がすることと言えば、運転席周りに「ちゃんと」タバコの吸い殻が落ちているか確認することだ。
…よし、大丈夫。
これで千間さんに、快斗くんがオジサンに扮してる、って気づかれるはず。
…気づかれなかったら、ヘリから飛び降りようとしないから困るしね。
そして戻ってきたオジサン(きっともう快斗くん)が車に乗り込んで、黄昏の館へ向けて車を走らせた。
ちなみに私は、快斗くん車の運転も上手いなぁ、なんて思いながら乗っていた。
そうこうしてるうちに雨が降り始めてきて。
外が見えにくくなるし、道は悪いしでほんとうに車酔いしそうになった頃、
「近道ってのはほんとだったんだね」
「あん?」
「だってほら!右側に見えてきたアレでしょ?僕たちがこれから黄昏の館、って」
「なんだか薄っ気味悪ぃ建物だなぁ」
ようやく今日の目的地、黄昏の館が見えてきた。
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