キミのおこした奇跡ーAnother Blue


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奇術愛好家殺人未遂事件


奇術愛好家殺人事件(阻止)


「風呂焚き係はー、田中さん、あなた!」
「えぇ?私?」


予定通り、田中さんが風呂焚き係になる。
…大丈夫。
きっと、ううん、この人なら、わかってくれる。たぶん…。


「分かったわよ。風呂焚きでも何でもやりますよ」


そう言って部屋から出ていく田中さん。


「あおい?どこ行くの?」
「ち、ちょっとトイレ!」


の、後を、こっそり追った。
田中さんは指示通り、お風呂を炊くべく外に出る。
1人で。
だからこそ、できること。


「え?あなた確か… あおいちゃん?」


後を追って出てきた私に気づいた田中さんは、振り返り聞いてきた。


「なぁに?手伝ってくれなくても風呂焚きくらい1人でできるわよ」
「手伝いに来たんじゃないです」
「あら、じゃあ何しに、」
「あなたを、止めに来たんです」


私の言葉に、田中さんはぴくり、と眉毛を動かした。


「止めるって?お風呂炊かなくていいってこと?」
「そういうことじゃなくて、…あなたがこれからしようとしてることを、です」
「意味がわからないわね。だからこれから風呂焚きを、」
「浜野さんを殺すつもりですよね?亡くなった脱出王、春井風伝の孫のイカサマ童子さん。ううん、影法師さん」


私の言葉に、田中さんは初めてきちんと、私に向き直った。


「あなた何言って」
「あ!あのっ!ここからは、田中さんは何も言わなくていいですっ!…ただ、私の話しを聞いてくれれば、」
「…」


田中さんは黙る。
それがイエスだと思って、私は話しを続けた。


「もし、私も、大切な人が亡くなって、…それを馬鹿にされたら、きっと許せなくなると思うんです」
「…」
「場合によっては、馬鹿にした人も死んじゃえって、思うかもしれない」


今、こうしていても、事件は起こってしまうかもしれないし、もしかしたら、もうすでに起こったのかもしれない。


「でも、今ここで田中さんの行動を見過ごしたら、きっと『彼』が傷ついちゃう」
「…彼?」


でも、今ならまだ、これから起こることは、止められるんじゃないかな、って。


「彼だけじゃなく、…園子も泣いちゃいます」
「え?」
「だってそうじゃないです?ここで田中さんが行動を起こしたら、園子はきっと、自分が浜野さんを宴会部長に『してしまったから』って、思っちゃう。園子はそういう子なんです」
「…」


私の行動は、すごく自分のエゴだと思う。


「だから、今、田中さんがしようとしてること、止めなきゃって思うんです」
「…」
「私の言葉で考え直してくれるかわからないけど、でも田中さんが、大切な人のために行動しようとしてるのと同じように、私も大切な人のために、黙って見過ごせないんです」


でもさ、知っていることなら、やっぱり自分の大切な人たちには、傷ついてほしくないよなぁ、って、思っちゃうから。


「ねぇ。あなたが言う『彼』って誰のこと?」


私の話しを聞いて、目を瞑っていた田中さんが、大きく1つ深呼吸をして口を開いた。


「見たんじゃないですか?ショー前日に春井風伝へ宛てたメール」
「まさか土井塔くんのこと!?」


田中さんは心底驚いた顔をしてる。
そりゃあそうだと思う。
なんであんなイマイチ冴えない医学部生のためにこんなこと、ってなると思うもん。


「土井塔克樹は、アナグラムですよ」
「アナグラム、って、」
「日本が誇る偉大な脱出王のIDを使い続ける人を確認するために、彼が名乗った名前です」
「…」
「これ以上はもう、秘密です」


人差し指を立てて言う私に、田中さんは唖然とした顔をした。


「土井塔くんが何者かわからないけど、」


少なくとも今回は、犯行を諦めたらしい田中さんは、髪をかきあげ、


「あなたこそが『魔法使いの弟子』という名前に相応しい気がするわ」


ため息を吐きながらそう言った。


「魔法使い、って、みんなを驚かせ楽しませることのできるマジシャンのことを言うんですよ。例えば田中さんのおじいちゃんみたいな人が、魔法使いって言うと思うんです」


私の言葉に、さっきまでの鋭さのあった目つきを柔らかくして田中さんがこちらを見てきた。


「でも私たぶん、マジックの才能ないんですよねー。この前なんて、手からお花出すマジック1時間で出来るようになる、って言われたのに、4時間かかりましたから!」
「何それ、4時間も同じマジックしてたの?」
「そーなんですよ。私もう2度とマジックしなくていいです!」
「ふふっ。なるほど?」
「だからきっと、魔法使いの弟子は別の誰かですよ。…それこそ、偉大な魔法使いの孫の田中さんとか、…黒羽盗一さんのマジック、…魔法を、1番間近で見てきた快斗くんのことですよ、きっと」


私の言葉に田中さんは目を細めた。


「その『カイトくん』とやらが、いつかデビューする日が楽しみだわ」
「その時は魔法使いの弟子の1人として、見に行ってあげてくださいね」
「…なら迂闊に捕まるようなこと、出来ないってわけね」


どこか悔しそうに、どこか、困ったように田中さんは髪をかきあげながら笑った。

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bkm

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