■新一兄ちゃん
あおいちゃんとなんとか和解できたと思ったあの後から、
「おっじゃまっしまーす」
「い、いらっしゃい」
あおいちゃんがどこか…、よそよそしい。
気まずいんだろうとは思うけど、気まずさそのままにしておく気なんて全くない俺は、とにかく会う時間増やそうと例え1時間しか時間がないとしても、毎日米花町に来ていた。
本当はやらなければいけないことや、やっておきたいこともあるっちゃーあるが、それを優先させたことでこっちが取り返しのつかないことになっても困る。
あおいちゃんは、青子のことを嫌いだと泣いたあの日から、俺に触れてこなくなった。
今までならハグしたらハグし返してくれたり、キスしたらキスし返してくれていたけど、それをしなくなった。
これはもう、ヤバいなんてものじゃない。
何より最優先で解決しなければいけない事柄だと思った。
「あ、これ美味い!」
「良かった…!」
会話内容的には普通なんだけどなー…。
どーしたもんかと悩んでいた時に、
「あれ?…お兄さん」
あおいちゃんちのマンション帰りの俺は、いつぞやの探偵ボウズに出会した。
…そーいや蘭ちゃんちの居候って話だったから、この近所だったな。
でも今の俺とは面識ないはずだけど、なんで声かけられたんだ?
「どーした?ボウズ」
「…お兄さんて、あおい姉ちゃんの彼氏でしょ?」
蘭ちゃんちで世話してる、ってことは、あおいちゃんももちろん、コイツと面識ある、ってことで。
「よくわかったな」
「写真見せてもらったから」
俺の存在を知っててもおかしくない、ってことだ。
「ここで何してるの?」
「何、って、彼女の家に遊びに来たんだけど?」
俺からしてみれば、オメーがこんな時間にこんなところで何してんだ、って話なわけで。
なんだコイツ?と思いながらも、話しを合わせた。
「お兄さん、『また』あおい姉ちゃん泣かせたでしょ?」
探偵ボウズは、俺を睨みつけるように見上げながらそう言ってきた。
「またって何?」
「僕、新一兄ちゃんから聞いてるから」
「…あのヤロー、ガキにろくでもねーこと吹き込んでんじゃねーだろうな」
思わず漏れた本音に、探偵ボウズはジッと俺を見てきた。
「新一兄ちゃん言ってたよ」
「うん?」
「『あおいはどーしようもなく馬鹿だけど、あり得ないくらいポジティブ人間だから次の日まで問題を引きずることなんてほぼない』って」
「オメーさぁ、あおいちゃん年上なんだからその言い方、」
「でもお兄さんとつきあうようになってから、あおい姉ちゃん何日も泣きそうな顔してること増えた、って」
「…」
「お兄さん、あおい姉ちゃんに何してるの?」
キッドを追いつめたあの瞳で、探偵ボウズはそう言ってきた。
「オメーはなんでそれを『新一兄ちゃん』から聞いてんの?」
「僕、新一兄ちゃんのお母さんの方と親戚だから仲良いんだ」
「なるほど」
て、ことは、工藤新一と元々つきあいがあって、アイツがポロッと漏らしたことを聞いててもおかしくないわけだ。
「お兄さんさぁ、あおい姉ちゃんのことどう思ってるの?」
ジーッと俺を見上げてくるボウズに、その場にしゃがんで目線を合わせるようにした。
「好きだぜ?地球上の誰よりも」
真っ直ぐに、挑むように俺を見てくるボウズは、まるで工藤新一そのもの。
「じゃあなんであおい姉ちゃんはあんなに泣きそうな顔するの?」
「オメー、痛いとこ突くなぁ…」
「あおい姉ちゃんは笑ってる顔が1番可愛い、って有希子おばさんが言ってたよ」
「バーロー!あおいちゃんは何してても可愛いだろ」
「…お兄さんさぁ、なんであおい姉ちゃんとちゃんと話し合わないの?」
目線の高さを合わせた俺を、どこか呆れたようにみてきた。
「…話し合ってもらえねーんだよ、俺は」
「え?」
「オメーが言う『新一兄ちゃん』は、あの子にとって家族だから家族である『新一兄ちゃん』には話すことでも、俺は聞いてないことばっかなんだ」
「…」
「だから後になって気づくことばっかでさ。…情けねぇし、カッコ悪ぃだろ?」
「…」
「て、俺何ガキ相手に愚痴ってんだろーな!」
コイツの頭がキレるせいで、話してるとうっかり同級生と話してるような錯覚に陥る。
「ほんと情けねぇ男」
「あ?なんか言ったか?クソガキ」
「お兄さん、あおい姉ちゃんがお兄さんのことなんて言ってるか知らないんでしょ?」
「え?」
「…昔、お兄さんとあおい姉ちゃんが初めて話した日に、新一兄ちゃんに言ったんだよ。『まさに王子様』って」
「それ、って、」
「僕にはお兄さんが王子様になんてカケラも見えないけど?…『あの日』から見えてるんだと思うよ、あおい姉ちゃんには」
あおいちゃんと俺が初めて話した日、って、中学の練習試合の時、だよな?
あの日、工藤新一に俺のことを言ってた、って?
「お兄さんがどう思ってるのか知らないけど、あおい姉ちゃんはお兄さんに話さないんじゃないよ」
「え?」
「王子様に嫌われないように、自分から話せないだけでしょ」
探偵ボウズは淡々と語る。
「そんなこともわからないなんて、お兄さん頭ついてるの?」
「心配ありがとよ、クソボウズ」
心底呆れたように俺を見る探偵ボウズに、やや顔を引きつらせながら立ち上がり答えた。
「最後にもう1つ」
立ち上がった俺に話しが終わると察したらしいボウズが、最後に、と前置きして口を開いた。
「このまま何も変わらないなら、新一兄ちゃんが黙ってないからね」
俺を見上げてそう言う。
「新一兄ちゃんに伝えとけ」
「うん?」
「例え何があったとしても、1度自分の宝石箱に入れた宝石を手放す気なんかねーってさ」
「…お兄さんて言い方独特だね。あおい姉ちゃんが宝石?」
「オメーもいつかわかるぜ?自分の女が、世界のどんな宝石よりも1番綺麗だってな」
「うっわ、鳥肌立っちまったじゃねーか」
「オメーそれが素だろ?人前で出さねぇ方が世の中上手く渡ってけるぞー。じゃな、クソボウズ」
軽く片手を上げて、探偵ボウズから離れた。
…あのボウズは言うことは一理ある気がする。
「王子様に嫌われないように、ねぇ…」
でもそもそももう、王子様なんて、思ってくれてねーかもな、なんて。
離れゆく米花町の街並みを目の端に、家路に着いた。
.
bkm