■可能性の話
「ちょっとコナンくん。ここ機械室よ?」
探偵ボウズが俺の手を引き、連れてきたのはクイーンセリザベス号の機械室。
どっから出したのか、ボウズはサッカーボールを蹴り始める。
…探偵でサッカーするとか、マジで工藤新一もどきじゃねぇかこのガキ。
「ねぇ、蘭姉ちゃん。宝石言葉って知ってる?」
そして器用にリフティングしながら、テメェの推理を披露する。
…やっぱりコイツ、ガキのわりに…。
「まさか怪盗キッドの正体は、あの真田っていうマジシャン?」
「違うよ。僕ずっと見てたけど、あの人奥さんに近づいてないもん」
「じゃあ誰なのよ」
「もう1人いるじゃない。カードをすり替えられた人が!そう。その人物は床にカードをバラまかせ、拾うフリをしてカードを1枚抜き、メッセージを貼りつけた!それを手のひらに忍ばせて、あたかもカードの束から引いたかのように見せかけたんだ。…だよね?蘭姉ちゃん。いや、怪盗キッドさんよ」
確信を持って俺をここに連れ込み、それはまるで「日本警察の救世主」なんて言われてるアイツのように俺を追いつめようとする。
「そう。お前が蘭とすり替わったのは、蘭がトイレに行くためパーティー会場を出た時だ。見事だぜ?全く気づかなかったよ」
さっきまでは「蘭姉ちゃん」と言っていた探偵ボウズは、「蘭」と言い放つ。
…今俺に見せてるこの姿こそ、コイツの本性。
これはまた、厄介な敵が現れた、かもな。
「わかったわ。そんなに疑うなら、電話でここに警察の人を、」
この場から逃げるべく、船内に取付けられている電話の受話器を取った。
瞬間、
ドゴォォォ!!
すっげー勢いのサッカーボールが飛んできて、電話をぶっ壊しやがった…。
「ビルの屋上で消えた時と同じ手は使わせねぇよ」
なぁに、今の…?
これ当たったら致命傷じゃね…?
怖っ!
最近の小学生、怖っ!!
「優れた芸術家のほとんどは、死んでから名を馳せる。お前を巨匠にしてやるよ、怪盗キッド。監獄という墓場に入れてな」
「…参ったよ、降参だ。この真珠は諦める。奥さんに伝えといてくれ。パーティーを台無しにして悪かった、って」
盗ったばかりの黒真珠を探偵ボウズに差し出した。
…今回のことでこの黒真珠を鈴木財閥が手放すことはないと確信した。
なら、今無理に確認しなくとも、いつでもどーとでもなるしな。
「この服を借りて救命ボートに眠らせている女の子。早く行ってやらねぇと風邪引いちまうぜ?俺は完璧主義者なんでね」
そう言って下着をそれっぽく見せてやったら、探偵ボウズはガキらしく顔を真っ赤にさせた。
ちなみになんで下着着けてたか、って、パットで胸の形を安定させるため必要だったから、だ。
俺が取り出した下着で探偵ボウズが狼狽えた隙をついて、閃光弾を投げた。
…のは、いいが、ここから逃げる、っても、あのガキのせいで逃走経路は機械室から直接外に繋がる扉1つだけ。
て、ことは、だ。
ザパーン
泳ぐしかねぇ、ってことになる。
ドレスの下に隠してた発信機のボタンを飛び込む前に押してジイちゃんに位置情報を送ったから、向こう側にたどり着きさえすれば回収してもらえる。
…たどり着きさえ、すれば…。
くっっっっそ冷てぇじゃねーかっ!!!
でも気合いで岸まで行かねーと、4月の海で溺死とか怪しいどころの話じゃねーし!
無理。
もう2度と犯行現場に船を選ばねぇっ!
せめてもの救いは夜の闇で、さ……が、見えねぇことだ。
この状況でさ……が見えたら俺本当に溺死コースだ。
波に揺られながら、平泳ぎ、クロール、たまに背泳ぎ、なんてしながら泳ぐことしばらく…。
「快斗ぼっちゃま!」
「さっ、さみぃぃっ…!!」
「これをっ!車内も温めてありますので、」
移動場所と移動速度から、どうやってここに来るのか予想出来たらしいジイちゃんに、冬物の服や防寒グッズを渡されようやく身体が温まってきた(ホットココアまで用意してるとかジイちゃんわかってる)
「俺絶対風邪引く」
「薬も用意いたしましょうか?」
「んー…、念のためもらっとくー」
「かしこまりました」
「てかさー、」
「はい?」
「変装、一瞬でバレちまったんだけど、」
落ち着いてきて、改めて今日の反省会に入った俺。
探偵ボウズのことももちろんだが、何より今日起こった中でのイレギュラーなことはやっぱり、あおいちゃんのことだろう。
「警視庁の方にですか?」
「いや…、ただの女子高生のはずだったんだけど、」
「けど?」
「天使とサキュバスのハーフかも」
ジイちゃんに預けてたiPadで変装用に撮影した蘭ちゃんの写真を見るが、やっぱりかなりよく見ないと俺と瞳の違いはわからないように思える。
けどそれを目ざとく見破り、あの一瞬で見抜いた、ってことは…?
「ぼっちゃま」
「んー?」
「お疲れのようなので到着まで寝てていいですよ」
「今寝たら朝まで起きねーから家着くまで寝ねーよ」
「そうですか」
元々人をよく見る子だとは思っていたけど、こんな些細なことに瞬間的に気づくなんて思いもしなかった。
「ぼっちゃまが仰る方は、千影様が仰っていた方ですか?以前キッドとしてお助けした、…確かお名前は芳賀あおい様でしたでしょうか?」
「は?」
「はい?」
「なんで千影さん、ジイちゃんにあおいちゃんの話ししてんの?」
ぶっちゃけ早く風呂入って寝たいくらい身体がダい。
でも家までまだ距離があるなら、寝ないようにジイちゃんと話してようと思ったけど、ジイちゃんからの言葉にダルさが飛んだ気がした。
「千影様は心配しておられるんですよ」
「何を?」
「ぼっちゃまの、…怪盗キッドの弱点になり得る人物だと伺っております」
その話に咄嗟に次の言葉が出てこなかった。
「もし、今日ぼっちゃまの変装を一瞬で見破ったのがその方であるなら、万が一のことを考える必要があります」
「万が一って?」
「あおい様に、キッドの正体がバレている可能性についてです」
ジイちゃんは真っ直ぐと前を見て、後部座席に乗っている俺からはその表情はよく見えないが、どんな表情でそう言ってきているのかは声だけでもわかる。
「それはねーよ」
「ですが、」
「あおいちゃんは『俺』には話さないことを『キッド』には話す。『俺』が『キッド』だと気づいてんなら、そんなことしねーだろ」
…でも。
一瞬で俺の変装を見破れたのは、偶然か?
「ですがぼっちゃまと恋仲である方なら、途中で気づかれた可能性も、」
「ぶはっ!恋仲って、ジイちゃん言い方が昭和!」
「…えぇ、昭和の人間ですから」
そこで話しを終わらせようとして笑ったわけじゃないが、俺が吹き出したことで、この話しはそこで終わった。
… あおいちゃんにキッドの正体がバレてる可能性、か。
そんなことあるわけねーとは思いつつも、その可能性を頭の隅に置いておくことにした。
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bkm