■星空色の
「快斗ももう高校2年生になるのねー」
「母さん、言い方がババくせぇよ」
「ババァとは失礼ね!」
うちの放任主義な放蕩女こと、千影さんでも息子が心配なのかわりと定期的にビデオ通話を持ちかけられる。
今日も今日とて、明け方(時差があるからこの時間になった)お袋とビデオ通話してる時のことだった。
「それより聞いたわよー?」
「え?」
「私のどんなドレスを貸すつもりなのかしら?」
ニヤニヤと画面越しにお袋は言ってきた。
「あおいちゃんと直接連絡取れんの忘れてた…!」
「あなたも詰めが甘いわねぇ」
勝手に借りるのも悪いから、とあおいちゃんから連絡がいったらしい。
あの子は確かにそういう子だ。
直接連絡取るってことを全く考えなかった俺が悪い。
「それで?私あの子が着れそうなドレスなんて1着もないはずだけど、どんなパーティードレス用意するつもりなの?」
「…べ、つになんでもいいだろ」
「そもそも?あの子、お友達から借りれたのに快斗がダメって言うからそれを断って私のドレスにするらしいじゃない?何がそんなに気に要らなかったのよ」
「全部聞いてんじゃねーか!!」
「あの子、私を仲間外れにしないようにちゃーんと全部話してくれるのよ。ほんと良い子よねー」
ふふふ、とお袋は笑う。
…あおいちゃんの性格舐めてたわけじゃねーが、舐めてた…。
「それで?お友達のドレスはなんでダメだったの?」
こうなったらもー、千影さんは自分が納得するまでしつこくなる。
観念した俺はパソコンのカメラに向けて、あおいちゃんから貰った写真が見えるようにケータイ画面を見せた。
「あー…、なるほど。快斗は束縛系なのね」
「は?なんで?」
「俺の前以外でそんな肌出るような服を着るなってことでしょ?この色似合ってるのに」
「そ、んなんじゃねーし、」
「でもまぁ、確かにこれはちょっと胸が強調されすぎで品がないわね」
「だろ!?おかしいだろ、このドレス!!」
このドレス見た瞬間に、あの痴女あおいちゃんにこんなの着せやがって!って思ったくらいだ。
「本来、そういうドレスじゃないんでしょうけど、あの子のスタイルの問題ね」
「胸がデケェのも問題だよなー」
「あら、青少年には夢のある体型だと思うけど?」
「…そこら辺はノーコメントで」
「あはは!」
お袋が爆笑する声が響く。
…俺んちはこれが普通だけど、世間一般で母親とこんな会話する家あんのかな、とか。
そんなことフッと思ってしまった。
「で、私のどんなドレスを貸すつもりなの」
あおいちゃんに貸せるドレスなんて持ってない=俺があおいちゃんのために用意するドレスってわかってるくせに、あえて「私のドレス」と言って話に乗っかるこの性格、案外嫌いじゃない。
「ん。これ。明後日届く予定」
さっき見せたように、ケータイ画面をお袋に見えるようにパソコンのカメラに向けた。
「…あなた本当に束縛男ね」
「なんでだよ!?」
「まぁあの子がそれを受け入れてるうちは何も言わないけど、ほどほどにしなさいよ」
そう言ってお袋はビデオ通話を終了させた。
…なんでドレス1枚で束縛どーのってなるんだよ!?
意味わかんねー!
なんて思いながらパソコンをフル稼働させる。
園子ちゃんから受けた招待に応じた方が楽と言えば楽だとは思う。
けどどうしても俺が離れる時間が出てくる。
例えばこれが青子と行った現場であるなら気にかけるのは青子1人で十分だ。
でも園子ちゃんからの招待状を受けるとなると話は別だ。
あおいちゃんはじめ、園子ちゃん、蘭ちゃんとその父親眠りの小五郎。
何よりあの探偵ボウズを警戒する必要がある。
それはリスクが高過ぎだ。
だから単独で行く決断をしたわけだけど、そうなるとやっぱりやる事はこれでもか!ってほどあるわけで。
クイーンセリザベス号の警備配置の確認、鈴木会長の変装用具の確認、蘭ちゃんの変装用具の確認とか。
今回は特に警視庁も気合い入ってるし、個人で警備も増やしたっていう鈴木財閥の警備体制も調べなきゃだしな…。
てなると、一旦あおいちゃんのドレスは保留だ、保留。
と、思って自分のやるべき事をしていたらあっという間に2日なんて経つもので、注文したパーティードレスが届いた。
その翌日、何食わぬ顔であおいちゃんちにドレスを届けに行った。
「これなんだけどさー、丈的にもあおいちゃんも着れそうだろ?」
俺が持ってきたドレスをまじまじと見つめるあおいちゃんは、
「これ、ほんとにお母さんのドレス?」
そんなことを聞いてきた。
「なんで?」
「え、だってさー、このドレス、快斗くんの瞳の色と同じ色だから!」
ーあなた本当に束縛男ねー
あの時、お袋が言った言葉をようやくここで理解した。
「あ!でも快斗くんのお父さんも、この色の瞳なのかな?写真でしか知らないから、よくわからないけど…、自分の瞳の色と同じ色のドレスを奥さんが着てるなんて、素敵だね」
ふふっ、と柔らかく笑うあおいちゃんに、顔が少し熱を帯びたのがわかった。
「じゃあちょっと着てみてくるね!」
そう言ってあおいちゃんは寝室に消えた。
…すっげー無意識だったんだけど!
俺あんな色の目してたっけ!?
そりゃあ千影さんが束縛男って呆れるよ!
無意識で自分の目の色のドレス着せてたとかマーキングしすぎだろ…!
「やばぁ…」
熱を帯びた顔でボソッと呟いた言葉は、誰に聞かれるわけでもなかったけれど。
「ど、どう、かな?」
俺が選んだ、俺の瞳の色したドレスは、あおいちゃんによく似合っていて。
「うん、いいと思う」
「てゆーか、すごくない?お母さんサイズぴったりなんだけど!」
俺の感動ポイントと、あおいちゃんの感動ポイントは確実に違っているけど。
「船上パーティーって、ダンスとかすんの?」
「え?ダンス!?わ、わわわ私出来ないよっ!?ダンスなんて!」
「んじゃあ、試しに1曲踊ってみる?」
「え!?」
「…私と1曲踊って頂けますか、お嬢さん?」
ケータイから流れる曲に合わせて戯けたようにそう言うと、あおいちゃんはふわり、と、音が出そうなほど柔らかく笑った。
俺の色を纏うこの子はきっと、誰よりも綺麗だと、そう思った。
.
bkm