■揺れる心
瞑っている瞼の向こうに、どことなく明るくなった世界を感じる頃。
なんだか美味しそうな匂いがするなー、って思って重い目を開けた。
隣に人の気配を感じない。
「んー…」
身体を起こして目を擦っていると、
「お!ご飯出来たから起こしに来たんだけど、ナイスタイミング!」
ドアの方から快斗くんの声が聞こえた。
「おはよう、ハニー」
ベッドサイドまで来た快斗くんに手を引っ張られて立ち上がった直後、ちゅっ、て、おはようのちゅうされた。
「…おはよ…」
「まだおねむかなー?でも美味い朝メシ作ったから、一緒に食おうぜ」
ぎゅっ、って、快斗くんに抱きついたらそう言われたから、ちょっとふらふらしながら朝ごはんの匂いがする方へと向かった。
「ふぅおお!!美味しそう!!」
「あおいちゃん起きて来なそうで時間あったから、張り切っちゃった」
語尾にハートを着けた感じに快斗くんは言う。
…私!昨日はわりと瀕死のメンタルだったけどっ!!
優しくて料理も上手い彼氏のおかげで、たぶんもうメンタル復活した気がするっ!!!
「い、急いで顔洗ってくるねっ!」
「はいはーい!待ってるねー」
バタバタと洗面所に向かって、顔を洗って鏡の自分と目が合った。
昨日の夜はうわぁ、人相極悪…ってくらいどんよりしてたけど、今はもう、ちょっと元気出てるのが自分でもわかる。
快斗くんすごい。
これは一晩中マイナスイオン浴びてたからだ。
快斗くんさすが。
「「いっただっきまーす!」」
席に着いて、快斗くんが作ってくれたご飯を口に運ぶ。
「美味しい!」
「それは良かった」
パクッて一口、口に入れたら、なんて言うの?幸せが口に広がったって言えばいいの?
お口の中がパラダイスで、心もどんどん元気になってくのがわかる!
「こんな朝ごはんなら毎日食べたいなー」
快斗くんは凝り性だから「時間あったから」って言うだけあって、盛りつけからして美味しそうで。
私なんてそんなそんな、朝からこんなの無理って話しで。
そう思ってポロッと零れた本音に、
「じゃあ一緒に暮らしちゃう?」
満面の笑顔で快斗くんは言った。
……………えっ!?
「けどまー、あおいちゃんの言い分的には?俺ら『まだ高校生』だからダメってことだし?なら2年後、卒業したら一緒に暮らそ」
ね?と言う快斗くん。
…嬉しくない、わけがない。
けど、2年後は…。
そう思って咄嗟に言葉が出てこなかった私に、
「でもその前に、2年後まであおいちゃんに愛想尽かされないようにしねーとなー」
快斗くんは不意にそう言った。
「あ、愛想なんて尽かさないよ!」
そう言った私の顔を、快斗くんは黙って見てくる。
「だってそんな、快斗くんに愛想なんて、」
じーっと、あまりにも真っ直ぐ見てくるから、だんだんと語尾が小さくなってきた…。
「俺は2年後も、2年だけじゃなくてその先もずっと、あおいちゃんとこうやってメシ食ってたいと思うよ」
「え?」
「これから先も俺が作った奴、美味そーに食ってくれるあおいちゃんの顔見ながら、メシ食っていたいと思うけど?あおいちゃんは?」
なんでそう思ったのかわからないけど…。
快斗くん、もしかしてあと1年て話、知ってるのかもしれない、って。
なぜかそう思った。
「わ、たし、は、」
「うん。私は?」
「………私、も、快斗くんとずっと、ご飯食べたい、よ?」
「なら良かった」
快斗くんはにっこり笑って、それ以上は何も言わなかった。
その後は至って普通。
その話をするわけでもないし、未来の話をするわけでもなく、ただ、今日どーする?とか。
そんなこと話してた。
…快斗くん、なにか気づいた、とか?
でも気づく要素なんてない、よね?
じゃあなんで突然あんなこと言ったの?
…もしかして、ほんとのほんとに、私と暮らしたい、とか。
2年後も、…その先も、私といたい、とか。
ほんとうにそう思っただけ、とか…。
その可能性もある、けど…。
ほんとにそうなったらいいのにって。
自分の中では確かにそう思う心は存在してるんだけど。
そんなことになるわけない、って。
そう冷静に思う心も、存在していて。
…ずっといたい、って思いと、ずっとはいれない、って思いの間で揺れていた。
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bkm