■遭遇
時計台での出来事があったあの日にわかったこと。
あおいちゃんは青子を受け付けない。
嫌いとか、苦手とか、そーいう感情ですらなくただ単純に「受け付けない」んだと言うことを知った。
例えばこれが逆の立場だったとして、あおいちゃんと工藤新一がいるところを俺が目の当たりにした時、自分が邪魔な存在だと思うどころか、テメー俺の女に近づくんじゃねーくらいの喧嘩を売るだろう。
けどあおいちゃんはそういうことをするわけでもなく、消えるべきは自分と捉えてしまう。
なんでそう思ってしまうのか。
愛情表現なり信頼度が足りない、とか?
青子と比べた時、やっぱりあおいちゃんの前ではあの子の言う「王子様」をなるべく崩さないようにカッコ悪ぃところを見せないようにしている部分はどうしてもあって、それは無理してるわけじゃねーけど、全くの素を出してるわけでもないのは確かなわけで。
どーしたもんかと常に頭を抱えてるわけでもないが、確かに俺の中にはその悩みは存在していた。
「どっかから音が聞こえるな…」
キッドの姿で夜空を舞っていたら、どこからともなく金管楽器の音が聞こえてきた。
屋外で誰かが吹いてるのか?
にしても、この高さでこれだけはっきり聞こえるってのは相手も屋上かベランダにいるってことで。
「あれは…」
それは本当に偶然だった。
そーいやあおいちゃんちあの辺だなくらいの気持ちでその方向に目を向けたら、まさかのそのマンションの屋上が音元で。
しかもまさかそんなわけ、と思い近づいてみると、そんなわけあった…。
この子が楽器吹けるの俺知らなかったんだけど。
しかもなんで屋上?ここのマンション屋上鍵かかってなかったか?なのになんで?そもそもなんでこんな時間に?
「こんばんは、お嬢さん」
て思いをグッと飲み込んでキッドとして目の前に降り立った。
は、いいが、
「………」
驚くほど綺麗に口を開けてフリーズしていた。
「おーい、起きてますかー?」
「はっ!!」
「あ、良かった。起きてますね」
「かっ、かかかかいとっ…う、さん?」
「おや、私をご存知で?」
そーいえばあおいちゃんとはキッドの話をしたことがなかった。
俺からはアンチを掲げられるのも嫌で振らないし、あおいちゃんはそもそもニュース見なそうで話を振ってこないから何の疑問もなくキッドの話をしてこなかった。
「こっ、こここここここには盗む物、ないですよっ!!」
ものだから、「怪盗キッド」という存在を正確に把握してるのか疑問だったが、ちゃんと理解しているようだ。
どーせだからちょっとからかってみようか。
なんて思ったわけだけど、
「だっ、だめですっ!!もう盗まれ済ですっ!!」
手のひらを前に突き出し首を振るあおいちゃん。
心を盗まれ済とか初めて言われたんだけど!
やっぱりこの子おもしれーよなぁ。
気を持ち直して何故ここにいるのか尋ねるが、どうもイマイチ要領を得ず。
「かっ、怪盗さんには、関係ないじゃないです、か」
今の俺には関係ないとばっさり切り捨てられた。
ま、当然と言えば当然だけどな。
「なるほど。確かに私には関係のないことですけどね。私より先にお嬢さんの心を盗んだ方が可哀想だ。その方も心配されるのでは?お嬢さんがこの時間に1人でこんな場所にいることを」
「や、でも、そもそも知らないので心配は、」
「何故言わないんです?」
賃貸マンションの屋上の鍵を持っていて、自由に出入りできること。
そこでこの時間に楽器を鳴らしても咎められないこと。
そもそもそれは習慣化されていることなのか否か。
そういうことを「俺」は全く聞かされていない。
「い、言わなかったわけじゃないんです!ただなんて言うか……言い忘れてた?」
「お嬢さんにとって、言い忘れる程度の存在なんですか?」
「まさかまさかまさか!それは絶対違います!!」
「ふむ。…お嬢さんにはお嬢さんの言い分があるようだ」
「そうです…!」
「でもきっと、お嬢さんが何を思ってどうしているのかもっと言った方がいいと思いますよ」
俺の言葉にあおいちゃんはおもしれーくらいに百面相してみせた。
あれはきっと、でも話すタイミングが、あ、でも言わなかったことで快斗くん怒って、的なのがぐるぐる駆けめぐってんだと思う。
そして最終的には「どうしよう、どうしたらいいの」って顔になる。
…こういうところはわかりやすいんだけどなー。
「ここにたどり着いたよしみです。今夜は特別にお嬢さんの話を聞きましょう?」
てわけで、マンションの屋上で異色の座談会が始まった(トランペットはケースに閉まってもらった)
「そもそも確認したいのですが、お嬢さんにとってその方はどんな存在なんです?」
俺を「恋人」として認識しているのはわかる。
でも工藤新一のことを「家族」として認識しているあおいちゃん。
なら「単なる恋人」以上の物を求めてしまう自分もいるわけで。
そんな質問をした俺にあおいちゃんは言葉を詰まらせた。
「なるほど。答えられない、もしくは答える価値のない男だ、と」
「全然違いますっ!!!」
勢いよく俺を見たと思ったら、体育座りになって少し顔を俯かせた。
「快斗、くん、は、ここに来る前から知ってた人なんです」
語り始めるあおいちゃん。
「ここ」ってのは、米花町ってことだよな?
「ち、ちょっと、ストーカーみたいに聞こえちゃうけど、前から知ってた人で、ここに来た時に絶対友達になりたい!って思ってた人なんです」
米花町に来る前から俺を知っていた?いつ?
過去俺たちに接点はなかったはずだ。
弓道関係で知っていたってことか?
…それとも俺が忘れてるだけの接点があったとか?
いやでも何かしら接点があったらあおいちゃんの性格上「あの時会ってたんだ」くらいなこと言いそうじゃね?
「ずっと、憧れてて…。友達になってくれた時、ほんとにほんとに嬉しかった」
ぽつりぽつりと語るあおいちゃんはどこか恥ずかしそうに、でもいうなればそれは、愛おしそうにとでも取れるような表情で語っていた。
「友達になって、いっぱいお話することになって。やっぱり優しいし、カッコいいし、…ううん。思ってた以上に優しくてカッコよくて、毎日が夢みたいで。う、生まれて初めて、本当に好きになった人、だからっ、」
一言一言、噛み締めるように言うあおいちゃんに、胸が締めつけられた。
「快斗くんにはいつも笑っててほしいし、…大変なこともあるだろうけど、絶対幸せになってほしいなーって思う人です」
女の子って旦那や恋人に「幸せにしてほしい」とか「幸せになりたい」とか。
そういう願望持つと思ってたけど、この子は「幸せになってほしい」と俺のことしか口にしない。
「ならお嬢さんがずっと彼の傍にいてさしあげればいいのでは?」
今の俺の幸せを考えるなら、それはオメーと一瞬にいることだろと思ってそう言ったけど、
「それはきっと、できません」
あおいちゃんははっきりとノーを突きつけた。
何故そう思うのか尋ねても、あおいちゃんはどこか困ったような顔をして、
「怪盗さんは、運命ってあると思いますか?」
全く違うことを聞いてきた。
「随分唐突ですね。運命、ですか。あるかもしれないですね。運命の出逢いとかロマンがある。そう思いません?」
「運命の出逢い、か」
「私たちの出逢いも、運命じゃないですか?」
少しおどけたように言った俺に、
「そうかもしれないし、そうじゃない、の、かも…。私たちには元々決まっている運命があって、それをちょっと捻じ曲げてしまったとしても、やっぱり元々決まっている運命に戻るんだと、私は思うんです。…だからきっと、ずっとは、できません」
今度ははっきりと泣きそうな顔をしてあおいちゃんは言った。
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bkm