■2人のあなた
「さて。名残惜しいですが、うら若いお嬢さんをこれ以上引き止めておくわけにもいかないので、そろそろ闇に溶けるとしましょうか」
思えば今日がはじめましてな怪盗キッドだけど、すっかり話し込んでしまった私。
「い、いろいろありがとうございました…?」
そんな話しこむつもりもなかったけど、流されて人生相談(?)してしまった私は、話を聞いてくれたんだからと一応お礼を言った。
「そう言えば」
「はい?」
「まだお名前を伺ってませんでしたね」
わざとらしーく、あれ?うっかり!みたいな感じでキッドがそう言ってきた。
「芳賀あおいです」
「良いお名前ですね、あおい嬢」
キッドは柔らかく笑う。
それはやっぱり、快斗くんが見せてくれるような笑顔だと思った。
「あ、あなたは?」
「はい?」
「怪盗さん?」
「あぁ!…そうですね、お嬢さんが呼びやすい呼び方でどうぞ」
なんとなく、「キッド」って呼び捨てるのもなー、って。
だってさー、快斗くんのことも快斗くんなんだよ?なのにキッド!なんてやっぱりちょっとさ。
「それでもちろん、お嬢さんも部屋に戻られるんですよね?」
「え?」
キッドを見ると、ニッコリと笑いながらこちらを見ていた。
「あ、いえ、もう少しだけ吹い」
「戻られるんですよね?」
「え!?や、でもせっかく」
「あおい嬢?」
「は、はい?」
「戻られるんですよね?部屋に」
「………はい」
キッドからの圧に負けた私は、頷くしかなかった…。
まだちょっと時間あったからギリギリまで吹いていこうと思ったのに。
「あなたはもう少し周囲を警戒した方がいい」
「え?」
「この世は善良な人間ばかりじゃありませんよ」
つまりそれは、夜は危ないから出歩くな、ってことなんだろうけど…。
「で、でも、」
「はい?」
「怪盗さんは良い人ですよね?」
「……………」
私の言葉に、あ、それ快斗くんがたまにする!っていうものすごいビミョーそうな顔をキッドはした。
「とにかく、今日はもう遅いので部屋にお帰りください」
大きなため息の後で、キッドにドアの方に促された。
「あ、あの!」
「はい?」
「…また、会えますか?」
屋上から出ていく直前に、チラッとキッドを見て言うと、
「おやおや、浮気のお誘いですか?」
キッドがおかしそうな声を出した。
「そ、そんなんじゃないですよっ!」
そういう私にくすくすと笑う。
「そうですね。あなたが私の奇跡を望むなら、月明かりの下、会いに参りましょう」
いつの間にか雲もすっかり晴れて、月明かりがキッドを照らし出していた。
「怪盗さんなら、本当に奇跡を起こしてくれそう」
「えぇ、起こしますよ。それがプリンセスのお望みとあらば」
「私がプリンセスですか?そんなこと言うの怪盗さんくらいです」
「口に出さなくともあなたの王子もきっとそう思ってます」
その言葉の直後、パチン!とキッドが指を鳴らすと、屋上のドアがバン!と開いた。
「さぁ、もう時間です。かぼちゃの馬車はないですが、きちんと戻ってくださいね」
そういうとバイバイ、とでも言うようにキッドは手を振ってきた。
それを見てペコリ、と頭を下げて屋上のドアを閉め、鍵をかけた部屋に戻った。
…なんだかすごく変な感じだ。
あれは快斗くんだけど、快斗くんじゃないみたいで(そもそも声が違った!)全然知らない人と話してるような、それでもやっぱりどこか「そうなんだ」という面影も垣間見えて。
快斗くんだけど快斗くんじゃない。
でもやっぱり快斗くんなんだ、っていう、ちょっと頭が混乱しそうな不思議な時間だった。
あれが怪盗キッド、快斗くんの半身。
「ん?メール…?」
さっき会ったキッドのことを考えていたら、快斗くんから電話したいってメールがきた。
快斗くんも家着いたのかななんて思いながら通話ボタンを押した。
「あおいちゃん今日何してたー?」
電話の声はやっぱり快斗くんで、さっきのキッドの声とはまるで違っていた。
「じ、実は怪盗キッドに会ったんです」
なんとなく。
すごくなんとなくだけど、快斗くんはキッドと会ったってことを聞きたいんじゃなくて、なんで屋上にいたのかを聞きたいんだと思ったけど、そこに行き着く前にまずキッドのことだと思った私は快斗くんにそう切り出した。
「会ったってどこで?」
「そ、それが実は私マンションの屋上の鍵を借りてて、」
(私的)この切り出しは大成功で、無事トランペットのことを快斗くんに伝えることが出来た。
「ふーん、そこでキッドにねぇ…」
「そ、そう!びっくりしちゃった!」
「てゆーか、」
「うん?」
「俺はあおいちゃんがトランペット吹けたことにびっくりしたけどな」
おっと、快斗くん、まだキッドが残ってるんじゃない!?ってちくちくっとした言葉を投げてきた。
「い、言い忘れてたんじゃないよ!ただなんて言うか…忘れてた?」
「結局忘れてんじゃねーか!」
言い忘れてたのと、忘れてたのとじゃまた違うじゃん!て思うのは私だけで、快斗くんに盛大にツッコミ入れられてしまった…。
「あおいちゃん、俺には話してくんねーもんなー」
俺拗ねちまうぞ、って快斗くんは言った。
「べ、別に話さないわけじゃなくて、」
「頼りない?」
「え?」
「俺、あおいちゃんから見て頼りない?」
声のトーンはいつもの快斗くん。
でも、いつもとは全然違っていて。
「か、快斗くんが頼りないわけないじゃん」
「…」
「快斗くんにいつも助けてもらってるし、」
なになんで?
さっきの運命どうのの話で、そんなこと思っちゃったの?
でもそれは頼りになるならないの話じゃなくて。
「決めた」
「うん?」
「俺、明日そっち行くから」
「えっ?学校は!?」
「放課後行くからダイジョーブ!」
じゃあ明日ね、って快斗くんは通話を終了させた。
…今の流れについていけてないの私だけ??
え?なに??快斗くんちょっと落ち込んでる風だったのに、なんでいきなりこっち来るとかの話になったの???
よくわからないまま、怒涛の1日(というか夜)は終わろうとしていた。
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bkm