■奇跡というのは
「ちょっと待ってください。急に話が見えなくなった。運命が何です?」
私の言葉にキッドは驚いたような声を出した時、月が雲に隠れ始めて、キッドの表情を見ることはできなかった。
「自分ではどうにもできないことを、運命って言うんだと思うんです」
「…」
「私『ここ』に来るって本当にいきなり決まって、」
「はい」
「だからきっと『ここ』からいなくなる時もいきなりだと思うんです」
こういう月って、朧月って言うんだっけ?
そんなこと考えながらうっすら雲の向こうに見える月に目をやった。
「それはここを立ち去ると言うことですか?」
キッドが声のトーンを下げて聞いてきた。
「そういうことじゃないです」
「ですが、」
「そういうことじゃなくて、…元々の運命に戻るんです」
私の言葉に、キッドは握り拳を作った右手を口元に持っていった。
「おかしなことを言いますね」
「え?」
「自分ではどうすることもできないことを運命と言うと仰ったのに、あなたはその運命の動向を知っているかのように話す」
「…そ、れは、」
「仮にあなたがその運命とやらを知っていて、それが自分の意に反する物ならば、そんなもの運命でもなんでもない」
「…」
「意に反することだとしても、決められた通りにしか動かないのは、それはもう敷かれたレールの上を走るロボットです」
キッドは真っ直ぐに私を見ているようだけど、シルクハットとモノクルが邪魔して私からはその視線がよく見えない。
「あなたはロボットじゃない。意に反するなら従わなければいい。抗ってこそ、あなたの言う運命とやらが切り拓けるのでは?」
「そん、なに、簡単なことじゃないんです、よ」
「何故?」
「…『ここ』に来れたことが私には奇跡みたいなことで、きっともうそんな奇跡は起きないって知ってるからです」
私の言葉に、なるほど、とキッドは呟き立ち上がった。
「お嬢さんはご存知ないんですね」
そして右手をうやうやしく差し出してきた。
その手を取ると、キッドは私を引っ張り立ち上がらせた。
「奇跡と言うものは、自らの手で起こしてこそ、奇跡と呼ぶと言うことを」
言った直後、キッドはトランプ銃を出して空に向かって打ち上げた。
「…す、っごーい!!」
打ち上げられたカードたちが重力に逆らえず落ちてくると思ったら、それら全てが白い鳩になって夜空に飛び立っていった。
…なんで今の一瞬でカードが鳩になったの!?とか、どこにこんな仕掛け隠してたの!?とか。
いろんなこと考えたけど、それよりも夜空に白く羽ばたく鳥たちが、まるでこの場所から一番近い星のようにも見えた私はただただその光景に感動した。
「星が降ってきてるみたい!」
私の言葉に、
「ははっ!…お嬢さんは感性が豊かですね」
キッドは満足そうに笑った。
「でもこれで、おわかりいただけましたか?」
「え?」
「奇跡と言うものは、いつでも、誰でも起こすことができる。その意志さえあれば」
そう言って羽ばたく鳩たちにピーッと指笛を鳴らした。
その音に反応した鳩たちが徐々にキッドの元へやってくる。
「そうは言うけど…奇跡って、めったに起きないから奇跡って言うんですよ」
キッドの手に止まったと思ったら一瞬でその鳩は姿を消して、また次の鳩がキッドの手に飛んでくる。
「でも私は奇跡を起こせます。あなたのためなら」
全ての鳩を消したキッドは、真っ直ぐ私を見つめてそう言った。
その言葉、表情に、どきりと胸が高鳴った。
「おや?どうやら私にも心を盗むチャンスはありそうだ」
私の表情を見て、キッドはおかしそうにそう言った。
快斗くんは怪盗キッドだ。
だから今のこのセリフ全て、快斗くんが私に言ってくれてる言葉でもある。
怪盗キッドが好きで、ここに連れてきてもらった。
でも、私がここに来て好きになったのは怪盗キッドじゃなく、黒羽快斗なわけで。
「チ、チャンスなん、て、ないですっ!」
快斗くんの一部が怪盗キッドではあるけど、キッドの一部が快斗くんではないわけだから、キッドのこの言い方はちょっと違うと思う。
「お嬢さんにとって、そんなにイイ男なんですか?」
からかうような言い方で聞いてくるキッド。
…私が気づいてないと思ってそんな言い方しちゃってさ!
「控えめに言って、」
「はい?」
「世界良い男選手権があったらトップ3には入ります」
「……世界、良い男選手権…」
「はい」
大きく頷いた私に、キッドは右手で口元を隠した。
「そっ、それにっ!」
「はい?」
「こ、こんなこと言うと子供っぽいって思われるかもしれないけどっ、」
「はい」
「あ、あんなっ、…おっ、」
「お?」
「…王子様、みたいな人、他にいないですっ!!」
「……………………」
…言った!
本人に、言ってやった!!
ちょっと今恥ずかしくて本人(キッドだけど!)の顔見れないけど。
「ならその王子のためにも、あなたが奇跡を起こしてください。プリンセス?」
いつの間にか隣に来ていたキッドは私の左手を取ると薬指あたりを、ちゅっと口づけた。
「そ、そういうの良くないです!」
「何がです?」
「おっ、女の人の手にそんなのダメ!」
「誰彼構わずなわけじゃないですよ」
「あ、あああ当たり前ですっ!!」
誰彼構わず女の人の手にちゅうするような彼氏、いっくら快斗くんでも許されるわけがない…!
私の言葉に、キッドはおかしそうに笑っていた。
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bkm